試合レポート

Happy End 第4回 フタケタのココロ

2010.07.24

2010年07月18日~23日 神宮第二球場  他  

Happy End 第4回 フタケタのココロ

2010年夏の大会 第92回東京大会4回戦~準々決勝

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Happy End

東京大会では、各校20人までベンチに入ることができる。用意される「1」~「20」の背番号のうち、ヒトケタのレギュラー番号を背にすることを目標に、球児たちは練習に打ち込む。
そしてチーム内での競争の結果、フタケタの背番号をつけることになるのは、レギュラーになれなかった「控え」の選手たちだ。
主力ではないが戦力ではある。そんな微妙な立場の彼らにも夏のドラマがある。今回は、人知れず敗れ去っていった高校のさらに陰の存在である、「フタケタ背番号の選手たち」の物語を3つ、紹介したい。

辿り着いた「16」【7月18日 西東京大会4回戦 佼成学園4-3明大中野八王子】

関優汰君(明大中野八王子)

明大中野八王子の背番号16、関優汰くん(3年)は7回裏、1アウト2塁の場面から、先発のエース古屋吉浩くん(3年)をリリーフしていた。
2アウトまでこぎつけるもタイムリーを許し、なお2、3塁に。この一打逆転のピンチで佼成学園の4番、水井優くん(3年)を渾身のスライダーで打ち取った……はずだった。
ふらふらっとした力のないフライが、二遊間後方に上がる。セカンド、ショート、センター、誰でも捕れそうだ。しかし三者がお見合いをするような形になり、ボールはグラウンドの芝の上にポトリと落ちた。その間に佼成学園のランナー二者が生還――、結局、これが決勝打になった。

「ピンチの場面からだったので気持ちが入ってました。がんばってた古屋の気持ちを無駄にしないためにも抑えようと思ったのですが」。
悔しい一球になったのに、試合後の関くんに涙はない。負けという現実を真正面から受け止めているように見える。しっかりとこちらを見る視線に、度胸のよさを感じる。

ピッチャーとして明大中野八王子に進学も、2年まで背番号はなかった。
転機は2年の秋。それまでの右オーバースローから右サイドスローに転向し、コーナーを丹念につくピッチングで結果を出した。

3年生春の大会で背番号18をもらい、控え投手として初めてベンチに入った。
その後、練習試合で結果を出し続けて今大会は背番号が16になった。
そして3回戦の都立富士森戦では先発し、4回まで打者12人を完全に抑える快投を見せる。大量リードの展開からして5回参考ながら完全試合という大記録も狙えた。しかし最終回、マウンドに上がったのは関くんではなかった。
「特に最後まで投げたいという気持ちもありませんでした。うちはピッチャーが多いので、一人でも多く登板して、早く大会の雰囲気に慣れることの方が重要だったと思います」。
自分の完全試合など二の次だった。甲子園に行きたい、そのためにはみんなの力が必要だ。チームの一員として勝利に貢献できれば、それでじゅうぶんだった。
心からそう思えるには理由がある。

明大中野八王子では6月19日、3年生による「引退試合」が行われた。
「3年生で、ベンチに入らない部員たちを中心に試合をするんですが、7回から僕が登板したんです。その時、応援にまわる部員から『夏の大会もがんばってくれよ』って言われて……」。
こう話してくれた瞬間、関くんの目に涙が浮かんだ。
背番号をもらえず、最後の夏の大会を前に高校野球を終える仲間がいる。控えだからこそ、彼らの気持ちが痛いほどわかる。
ひょっとしたら、自分もその一員になっていたかもしれないのだ。

「打たれてしまい、応援してくれた人に申し訳ない。だから、完全燃焼はできていません。でもこれまでやってきたことは間違いなかったと思います。背番号16をもらえて嬉しかったですし、自分のこれからにとっても大きな経験になりました」。
傍から見たら控え番号のひとつに過ぎないのかもしれない。でも関くんにとって背番号16は、自分の実力で勝ち取ったと同時に、仲間たちの思いも込められた、とてもたいせつな番号だった。

「20」の意地【7月22日 西東京大会準々決勝 日大三8-2堀越】

スコアボードに髙橋君の名前が表示される

堀越の背番号20、髙橋良輔くん(3年)のこの試合での初打席は、7回裏2アウトランナーなしの場面で回ってきた。
肩の力が抜けた自然体の構えから日大三の先発、吉永健太朗くん(2年)の内角よりのボールをとらえると、あっさりとライト前ヒットを放った。
とてもシュアなバッティングだった。日大三戦で髙橋くんが立ったのはこの打席だけだったが、彼が高いバッティング技術の持ち主だということがわかった。そして打席での落ち着きや堂々とした佇まいに、何か独特な雰囲気を感じた。
なぜこれほどの選手が背番号20なのか。

「今日の試合は1塁コーチャーをしていたんですけど、木水が(4回裏の攻撃で)見逃し三振をしたので、監督に次の回からいくぞ、といわれました」。
髙橋くんはこの試合、5回表から木水誉之くん(2年)に代わりレフトに入った。
実は3年の春まではレギュラーだった。1年秋の大会で3番ファーストで出場し、早々と公式戦デビューを果たすと、2年秋の大会は背番号8、3年春の大会は背番号9をつけて外野の主軸に。バッティングでつかんだレギュラーだった。

「1打席目にバットの芯でとらえることができれば、その後の打席でほぼ確実に結果を出せる」。

しかし春の大会後、その得意のバッティングが不調になってしまう。

堀越には部員が80人おり、うち32人が3年生だ。しかも、外野はポジション争いの最激戦区。調子を落とせばすぐにスタメンを外される。試合に出られなければ、見返すチャンスもなかなか訪れない。
出場機会をもらった練習試合でなんとか結果を出したのは夏前。「もはや背番号は何番でもいい、ベンチ入りできれば……」。レギュラーではなく、ベンチ入りが現実的な目標になっていた。

ベンチに入れるか入れないか、当落線上の選手にとって、背番号が発表される「運命の日」はとても緊張するものだ。髙橋くんも緊張したかと思いきや、
「いや、じつは事前にないしょでメンバー表を見ちゃったんですよ。我慢できなくてつい……」
えへへ、と笑う顔はいたずらっ子の少年のようだ。でも、それだけ必死だったということなのだろう。

今大会、出番は限られていた。しかし、結果は残した。2回戦の都立久留米西戦でも代打で出場しセンター前ヒットを打った。
「全力でプレーできたので、悔いはないです」。
センバツ準優勝校に力負け。試合後のロッカールームは、堀越の選手たちが涙にくれながら後片付けをしている。そんな中、髙橋くんの表情はさっぱりとしていた。少ない出場機会、慣れない起用のされ方という中で結果を出した達成感があったのかもしれない。
元レギュラーの背番号20。確かに髙橋くんの打席には、見るものに伝わるほどの「意地」が感じられた。

ノッカー「12」【7月23日 東東京大会準々決勝 国士舘7-4都立足立新田】

森元聡也君(都立足立新田)

最後のバッターが外野フライに倒れ、両校の選手が整列に並ぶ。サードコーチャーの位置から列に加わった都立足立新田の背番号12、森元聡也くん(3年)は敗戦が決まってもなお、笑顔のままだった。

都立足立新田の試合前のシートノックは少し不思議だ。監督がノックを打たない。ホームベース上でノックバットを握るのは森元くんだ。
7分という限られた時間の中、速射砲のようにノックが繰り出される。そのリズムのよさから、この大会のみノックを担当しているのではないことがわかる。

「監督はノックを打たない方なんです。僕は今年の春の大会で初めて背番号16をいただいて以来、試合前のノックを打つようになりました」。
試合後のロッカールーム、森本くんの目は赤い。しかし、笑顔が絶えない。丁寧な受け答えに人柄のよさがうかがえる。

本来のポジションはサードかショートだ。しかし今大会での役割は、ノッカーとサードコーチャーと伝令。悔しさはまったくない。嬉々としてその役割を受け入れた。

都立足立新田には部員が84人いて、レギュラーのAチームからDチームまでの4チームが存在する。森元くんは昨年の11月、畠中陽一監督に「お前に向いている」といわれ、Bチームのキャプテンになった。

「人のことを世話するのが好きな性格」だという。だから自分にマイナスになっても、後輩の指導などについつい時間を費やしてしまうのだそうだ。
そんな森元くんの献身的な姿勢をずっと見て、畠中監督は「夏の大会を戦うのに必要な選手」と判断したのだろう。部内では控えのキャッチャーかピッチャーがつけるであろうと言われていた背番号12が、森元くんに与えられた。

メンバー発表の日のことが忘れられない。
「名前が呼ばれた時、周りに言われて初めて自分が背番号をもらったと気づいたんです。信じられなくて……涙が止まりませんでした」。
「自分よりスゴいヤツばっかり」の中でもらった背番号12は重く感じた。だから自分ができることに全力を注ごうと決めた。
ノックでは選手たちの調子を把握して、必要があればアドバイスした。サードコーチャーでは歓声に負けじと大声を出した。国士舘相手に劣勢になった時も、伝令に出て「ここで負けるチームじゃない。(準決勝の)神宮球場でオレにヒットを打たせてくれ」と笑顔で仲間を鼓舞した。

自分以外の部員を気遣うことで手にした背番号12。試合に出ることはなかったが、最高の夏を送らせてくれた。「グラウンドでは絶対泣かないと決めていた」森元くんの笑顔は、都立足立新田のみんなに対する感謝の現われだった。

最後の夏にベンチに入る選手たちにとって、背番号はただの数字ではない。
2年半めいっぱい努力して、仲間たちとの楽しくも厳しい競争の日々があって、やっと手にした勲章なのだ。
敗れ去った後も、彼らはきっとこの夏の背番号をとっておくだろう。この先、何かの折に見返すこともあるかもしれない。彼らにとってそれは、生涯色褪せることのない「心の拠り所」になるはずだ。

(文=伊藤 亮

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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