Column

八王子が早稲田実を破った理由 ~スターなき「ありんこ軍団」の力~

2016.08.11

 早稲田実の看板選手と言えば、主砲の清宮幸太郎関連記事、主将の金子銀佑、1年生の4番打者・野村大樹関連記事と、名前を挙げるのに苦労しない。一方、西東京大会準々決勝早稲田実を破った八王子の場合、そうはいかない。

準決勝
で活躍した保條 友義は、大会を通じての打率は3割に届かない。優勝を決める三塁打を放った山口 駿は、準々決勝準決勝と途中交代している。それでも、日替わりでヒーローが生まれ、チーム全体の力で勝ち上がってきた。このチームカラーの違いこそ、準々決勝での勝敗を分けた大きな要素である。

どこからでも点を取れる打線

竹中 裕貴(八王子)

 八王子にすると、早稲田実の1番金子、3番清宮、4番野村にどう対処するかが守りの面でのポイントとなる。金子は八王子戦でも3安打1四球とチャンスメイクをした。ただし、本塁打の可能性は低い。となると、失点を抑えるには清宮と勝負か、野村と勝負するかの選択になる。八王子バッテリーの選択は、野村勝負だった。

 1回表中前安打の1番金子を、2番橘内 俊治が送ると、当然のように清宮を歩かせ、野村と勝負し、野村は遊ゴロだった。3回表は金子の盗塁失敗もあり、清宮の打席で二死走者なしとなった。そこで清宮は二塁打を放つ。ところが野村は遊ゴロ。八王子バッテリーの方針は、動かぬものとなった。

 5回表は四球の金子を一塁に置いて、清宮とは勝負せず、二死一、二塁の場面。ここで野村はセンターオーバーの三塁打を放ち、早稲田実が2点を先取する。八王子の方針を覆すこの一打は、相手に大きなダメージを与えたはずだった。けれども、二死三塁ゆえに酷ではあるが、早稲田実はもう1点ほしかった。

 野村勝負が裏目に出た形にはなったものの、失点2は八王子にとって想定内である。一方早稲田実は投手力が懸念されていた。それでも5回戦は、吉村 優服部 雅生のリレーで国士舘を完封している。八王子戦でも吉村が、走者を出しながらも踏ん張っていた。

 ところが5回裏、2死球と守備の乱れで、無死満塁のピンチを迎える。ここで早稲田実は吉村に代えて、服部を投入する。しかし服部は、本来の出来とは程遠かった。八王子は2番竹中 裕貴の二塁打で2者生還。3番椎原 峻の左前安打で逆転。4番保條の中犠飛で1点追加。さらに二死になった後も、主将で6番打者の川越 龍が二塁打を放ち1点を追加した。2番、3番、4番、6番が打点を挙げて、試合の主導権を握った。

 どこからでも点を取れるスタイルを、八王子春季都大会4回戦聖パウロ学園戦でもみせている。この試合、1点リードされた9回裏、二死一塁で打順は7番の櫻井 陸朗。かなり厳しい状況であったが、櫻井と代打出場の神澤 俊介、9番早乙女大輝が3人続けて左前安打を放ち、一気に逆転サヨナラ勝ちした。櫻井も神澤も、夏は打数1しか記録していない。こうした脇役がしっかり仕事をするのが、「ありんこ軍団」と呼ばれる八王子の強さである。

[page_break:バッテリーの強気を引き出した安藤采配]

バッテリーの強気を引き出した安藤采配

早乙女 大輝(八王子)

 6回裏にも八王子が1点を追加すれば、8回表には早稲田実が野村の二塁打などで1点を返し、6対3と八王子が3点リードで9回表早稲田実の攻撃を迎える。この回早稲田実は、代打の西田 燎太、1番金子の連続安打で無死一、二塁のチャンスを作る。すると八王子は、緩急をうまく使い好投していたエースの早乙女に代えて、140キロ台の速球を投げる米原 大地を投入した。米原は昨年の秋、肘を痛め、春季都大会は全く投げていない、いわば八王子の秘密兵器である。

 米原は橘内を遊ゴロに打ち取り、一死一、三塁。打席には清宮を迎える。一発出れば同点の場面で、安藤 徳明監督は、敬遠か勝負かの判断を、バッテリーに任せた。これは、監督が判断を避けたというよりも、バッテリー自らに勝負の判断をさせたと言うべきだ。任せたと言われて、逃げるようでは、最初から勝ち目はない。それに、監督からの指示でなく、自らの選択で勝負することで、より強い気持ちで向かうことができる。

 その初球。清宮はライトに大きな打球を飛ばす。歓声と悲鳴が交錯する中、打球は失速し、右犠飛となる。清宮は「ボールの下側をこすった」と言う。紙一重の勝負である。ただ、紙一重のところで清宮を打ち取ったのは、米原がそれまで投げていた早乙女より球威があったこと、それにバッテリー自らが勝負を選んだ気持ちの強さがあったからだ。

 右犠飛で2点差にはなったものの、続く野村に一発打たれても、同点止まりである。優位な立場にある八王子バッテリーは、野村を三ゴロに仕留め、試合は終わった。

 1番金子、3番清宮、4番野村と続く、早稲田実の打線は強力である。しかし、彼ら以外の打者が弱かった。甲子園ベスト4に進んだ昨年のチームは、清宮と加藤 雅樹が目立ってはいたが、1番山田 淳平から9番早稲田実業渡辺 大地に至るまで、粒が揃っていた。新チームにも清宮と野村は残るだけに、打線全体の底上げが必要だ。
投手陣も服部 雅生が、まず昨年並みの状態に戻ったうえで、服部本人も含め、投手陣全体のレベルを上げることが、来年早稲田実が甲子園に出場できるかのカギになる。

 八王子は、スターはいなくても、選手は粒ぞろいだ。それに安藤監督は、町田市の堺中学の教諭時代、女子バスケットボールの監督として全国優勝したことがある。その用兵術や選手の気持ちを引き出す采配により、早稲田実を破り、その勢いで甲子園初出場を決めた。この夏の甲子園は開幕2日間で本塁打が10本飛び出しパワー全開である。その中で「ありんこ軍団」がどこまで通用するか。甲子園での健闘を期待したい。

(文・大島 裕史


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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