Column

土佐塾高等学校(高知)

2015.07.24

90分に凝縮する「勝利への道筋づくり」

 毎年5月に開催される「高知県体育大会野球の部」。夏の高知大会シード権を決し、戦力図を占う今大会でビッグサプライズを起こしたのが土佐塾であった。春季県大会優勝・四国大会ベスト4、強力打線を擁する高知中央戦との初戦では、2年生左腕・三福 徹がドラフト注目左腕・日隈 ジュリアス(3年)との投手戦を制し3対2で破ると、続く準々決勝でも土佐を7対4で撃破。準決勝の高知戦は0対3で惜敗したが、その戦いは創部3年目とは思えない自信に満ちたものだった。

 しかも、県内私学進学校である野球部が平日に行える練習時間は90分にも満たない。にもかかわらず、彼らはなぜ急成長を遂げたのか?2回戦でいよいよ6連覇を目指す王者・明徳義塾と激突する土佐塾の日常に迫る。

鷲尾山中腹にある土佐塾の「アンビリーバブル」

サッカー部練習終了後、ラグビー部とグラウンドを分割して練習する野球部(土佐塾高等学校)

「ここは標高180mの岩盤の上にありますから、南海トラフ地震が起こっても大丈夫。生徒たちが数日間過ごせる食料も備えてあります」

 土佐塾高校硬式野球部創設時から部長職を務める山崎 泰助部長が教えてくれた。高知市中心部から[stadium]春野運動公園[/stadium]に向かう途中にある鷲尾山から左に折れ、ひたすらに急勾配を登った先に突然開ける校舎や寮の数々。1987年に中高同時に創立された土佐塾学園は、都会の学校では考えられないアンビリーバブルな場所にそびえたっている。

 軟式野球部から転じ4年前に同好会を設立。翌年からは部に昇格し3年目を迎える硬式野球部も同様に「アンビリーバブル」である。学校前にあるグラウンドはラグビー部やサッカー部と兼用。野球部はサッカー部が練習を終えた後、モールやパスを繰り返すラグビー部から内野ダイヤモンド分を確保して練習する。

 しかも進学校らしく取材日の水曜日7・8時限は大学受験にも今や必須となっている「小論文の時間」。限られた時間で論文を作成し、担当教諭からの添削を受け、合格ラインに達しないと部活参加は許されない。よって選手38人(1年生18人・2年生6人・3年生14人)、女子マネージャー4人(1年生2人・2年生1人・3年生2人)全員がそろったのは17時過ぎ。そして18時10分には下校を促す放送が鳴り、18時半に部活は終了してしまった。

「19時過ぎには駐輪場や市街へ降りるバスが最終になるので、そこまでには着替えて帰らなくてはいけないんですよ」
と野球部の「鉄の掟」を語るのが白壁 大輔監督。白壁監督は、長崎県立猶興館高校から国士舘大準硬式野球部、大手企業勤務・公立中教師を経て、今年13年目を迎える土佐塾では中学・高校両軟式野球部を指導。現在では保健体育課教諭・学生寮「大志寮」寮長に加え、今春県大会から硬式にフィールドを転じ野球部の指揮を執っている。

 もちろん週2回程度は[stadium]高知市営球場[/stadium]サブグラウンドや室内練習場を借りて練習も行うが、それでも練習の絶対量は他の私学とは比べるべくもない。これが土佐塾野球部の偽らざる現状である。

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[page_break:「練習試合」を活用、「選手主導」の練習発案で躍進へ]

「練習試合」を活用、「選手主導」の練習発案で躍進へ

高知県体育大会1回戦で春季県大会優勝の高知中央を破り笑顔でベンチに戻る土佐塾高等学校ナイン

 では、彼らが躍進を果たした理由はどこにあるのだろうか?その裏には「練習試合の活用」があった。

 ダブルヘッダーや変則ダブルではベンチ入りが想定される20名全員を2試合の中で起用し、ポジションも含め様々な組み合わせを試みる。投手も練習した成果を試すため、イニングの長短はあっても必ず登板機会を与える。「1イニング1点で抑えたら、『よく抑えた』と言ってくれるので、次の回にいい形で臨めます」。最速135キロのストレートと5種類の変化球を携え、エースナンバーを背負う田淵 悠大(3年・178センチ68キロ・右投左打・土佐塾中出身)も話すように、メンタルの調整と判断も練習試合を通じ図られる。

 また、試合前にはゲームプランや個々の役割も事前に白壁 大輔監督から選手たちに明示する。その反面「子供たちはいろいろな可能性があるし、試合での対応力をつけるために」(白壁監督)対戦相手の情報は出さない。そして試合中に選手側に迷いが見られた場合のみ、ベンチは策を授ける。怒ることは絶対にない。

「怒る時間がもったいない。練習でその時間があるなら1球でもノックを打ってあげた方がいい」
よって白壁監督は、選手たちにミーティングをさせて練習方法を発案させることもある。最近でも普段不足している内外野の連携を深めるため、東温(愛媛)でも行っているような中央からフライを投げ、外野手が受けてからカットプレーに入る練習や、挟殺プレーの強化も選手主導で採り入れた。

 すなわち土佐塾にとって「練習試合」は公式戦への準備と同時に、次なる練習テーマを生み出すための貴重な時間なのだ。

 その方針は5月の県体育大会1回戦・高知中央戦でも変わらなかった。「3点以内に抑えないと勝ち目はない」とはっきり言った上で、試合中は185センチ左腕・日隈 ジュリアス(3年)に対し、打線は打席の立ち位置を変えることによりファウルで粘りこみ、6回までに82球を投げさせることに成功。1対1の同点で迎えた7回裏には一死満塁から「ベルト付近のストレートを狙っていた」1番・廣瀬 慎太郎(3年主将・遊撃手・右投右打・175センチ70キロ・土佐塾中出身)が右中間を破る2点二塁打で試合を決めた。

 一方、先発の三福 徹(2年・左投左打・174センチ67キロ・土佐塾中出身)は「変化球の精度とインコースの投げ分け」をテーマに「全員いいバッターなので打たれてもいいや」と大きな気持ちで強力打線と対峙。ソロアーチこそ2本浴びたが、6安打8奪三振で146球完投。

 かくして土佐塾は「5月の遠征後からバッテリーを中心に守備から攻撃につなげるようになってきた」指揮官の手ごたえを選手たちが見事に理解し、必然的な躍進につながったのであった。

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[page_break:「90分間の猛練習」重ね、いよいよ王者に向かう]

「90分間の猛練習」重ね、いよいよ王者に向かう

白壁 大輔監督(左)と主将・廣瀬 慎太郎(右・3年)(土佐塾高等学校)

「県体育大会ベスト4に入ったことで自信にもなりましたし、周囲からも『頑張って』と期待の声も受けるようになりました」と主将の廣瀬 慎太郎も振り返るように、土佐塾の認知度と期待度は5月の3日間を通じ飛躍的に上がっている。

 ただ、チームは決して浮ついたそぶりはない。「本気でやること。本音を言うこと。本分を守ること」。就任時に掲げた指導方針にもいささかのブレもない。

「3連戦を経験した中で精神的な部分の体力不足を痛感したので『今までやってきた精度を高めながら、夏の暑さを想定した中で練習に取り組もう』と県体育大会後には選手たちに話をしました。総体ではいい流れと地道な努力で勝たせてもらったが、夏は謙虚さを持って、『今までやってきたことを貫く。1アウト目や2アウト目をしっかり取る』を課題にやっていきたいですね」と決意を述べた指揮官が時間を惜しむように練習に入っていく。

 メインメニューのノックは内野手と外野手との分割制。ノックを受けない側は素振り。県体育大会ベスト4を好リードで支えた女房役・森岡 大貴(2年・右投右打・174センチ62キロ・土佐塾中出身)は黙々と二塁へのスローイング練習。投手陣はラダートレーニングにウエイトに投球練習。その合間に全員がキャッチボール。無駄が一切ない。

 そして白壁 大輔監督の放つノックは、かつては高知中vs土佐塾中で雌雄を決していた高知島田 達二監督(侍ジャパンU-18コーチ)が「むちゃくちゃうまい」と評するとおりだった。

「むちゃくちゃキツイです。いつもこんな感じです」大志寮で白壁監督と寝食を共にする北村 昌也(3年・中堅手・170センチ68キロ・右投右打・土佐町立土佐町中出身)の言うとおり、ボールはアメリカン・メキシカンとメニューを変えながら、野手の捕れそうで捕れない場所に次々と飛んでいく。90分間でこの濃縮度。「猛練習」は時間の長短ではなく内容で図るもの。そんなことに改めて気付かされる「90分間の猛練習」であった……。

 かくして効率と猛練習を掛け合わせ迎えた夏。140キロを超えるスイングスピードを誇る主砲・恒石 亘(3年・右投右打・171センチ83キロ・土佐塾中出身)の夢はあくまで大きく「全国で最後までできる1つになれるように、がんばります!」。そして、そんな恒石の言葉に笑顔があふれる選手たちを横目で見ながら白壁監督はそっとつぶやく。

「ここまで一生懸命やってきた姿は見てきたし、気持ちも強くなった。あとはけがなく一生懸命やれば結果がついてくると思っています。選手たちには『あと少し、ついてきてくれ』と言いたいですね」

 高知大会1回戦では安芸相手に、県体育大会から大きく打線も組み替えた中で9安打9得点。田淵 悠大も10安打を打たれながらも3失点(自責点0)完投を果たし、2回戦の相手は明徳義塾となった土佐塾。自主練習も含めた練習量では全国屈指、現在高知大会5連覇中の王者に対し、もはや失うものは何もない。彼らは限られた時間の中、質を極限まで高めた練習で積んだことを全てぶつけ、新たな歴史を作りにいく。

(取材・写真=寺下 友徳

注目記事
・夏よりも熱い!全国の野球部に迫った人気企画 「僕らの熱い夏2015」

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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