林成之教授の勝てる脳の作り方
日本大学の林成之教授は、脳のプロフェッショナルである脳神経外科医で、「勝負脳」、つまり「試合で勝てる脳」の作り方を、数多くのアスリートに伝えてきました。林教授の教えを受けた数多くのオリンピック選手や社会人野球チームが結果を残しています。
もうすぐシーズンも幕開け。林教授に、集中力の高め方や、高校球児が本番で力を発揮する方法、試合で勝てるチーム作りなどを伺いました。
集中力を高める方法って?
日本大学 林成之教授
――練習や試合で『集中力を持ってやれ』という指示をよく聞きますが、そもそも集中力というのはどこから来るのでしょう?
林成之教授(以下「林」) 人間が、こう考えて、こうしたい、という気持ちから、その物事を達成するために必要となる脳の機能が「集中力」と言われています。人が考える仕組みの中に、自分にご褒美をあげる「自己報酬神経郡」というものが脳にはあって、それに従って集中力というのは生まれてきます。
――『脳にご褒美をあげる』とは具体的にどういうことでしょう?
林 脳にご褒美をあげるというのは、自分で考えたことを自分で成し遂げる、ということ。つまり、『自分でやっている』っていう気持ちがないと、集中力というのは上がらないことになっています。『誰かにいろいろと言われてやりました』っていうのでは、集中力は高まらないんです。監督にあーしろ、こーしろって言われたら、『なるほど、俺もそう思う』というように、『自分を』っていう考えを出さないと、集中力というのは生まれてこないことになっているんです。
――集中力を高めるためにも、脳の仕組みが鍵になるのですよね?
林 集中力を高めるには、物事を判断する時に基盤となる「統一・一貫性」という本能を使います。人間というのは、これに従って、正しいとか、間違っているとか、筋が通っていないとか、を判断しています。集中力というのは、一定の環境で高まることになっているので、目を閉じていても開けていてもわかる「統一・一貫性」の範囲を作ることが必要。つまり、集中するための「マイゾーン」を作るという考え方が大事なんです。
自己報酬神経郡とは?
野球だと、バッターボックスは非常にいい「ゾーン」になります。駆け引きはバッターボックスの外でして、『中に入ったら、こっちのもんだ』っていう考えを持ち出すと、集中力を高めることができます。バッターボックスでは『今、ピッチャーはどう投げるんだろう』と、あれこれ考えるのではなく、来た球を素直に打ち返すこと。ピッチャーも、考える場所とプレーゾーンを分けるべきなんですよね。マウンドの後ろで考えて、マウンドに立ったら、いきなり全力投球するという、ピッチングをしたら、普通のバッターは打てないと思いますよ。
それと、失敗した時、『しまった!』とか、『あれっ?』とか、否定語を考えてしまうと、人間はそこに「統一・一貫性」を合わせてしまうから、失敗が次々と繰り返されていくんです。『勝てない』『辛い』と思った瞬間、自分の能力は落ちてしまいます。人間の能力っていうのは、本能に合わせて、物を決めたり考えたりしているから、否定の気持ちに合わせてしまうんですよ。
[page_break 「統一・一貫性」をうまく利用する!]
「統一・一貫性」をうまく利用する!
統一・一貫性とは?
――では「統一・一貫性」を上手に利用するためには、どうすればよいのでしょう?
林 以前、ある高校野球の監督から『選手に甲子園だって言うと、選手たちが力を発揮できないんです。どうしたらいいでしょう』と相談されたんです。
だから、甲子園の通路に来たら、選手たちにグローブや雑巾を持たせて、通路とベンチの間を何度も行ったり来たりさせて、環境の「統一・一貫性」を慣らしなさい、と話しました。できれば、学校のグラウンドでも、普段から同じことをしなさい、と。
いつもと違う大会だって思ったらダメなんですよ。『いつもの慣れた大会だ。やっと自分たちの力を発揮できる大会だ』と考えないと。自分たちの考えているラインの中で、大会までをつなげていく、という考えを持たないと、人間の能力は発揮できないようになっています。
――ラインをつなげていくとは、どういう意味でしょうか?
林 大会をやるためには、今、自分たちに何が欠けていて、何が優れているかを明確にしないといけません。欠けているものは、いつまでに解決するという手順を踏んで、大会で力を発揮するのではなく、
大会に行ったら、もっと伸びていくという考え方を持たないとダメ。
試合をしながら強くなるという概念を持っていないと力を発揮できないんです。みんな大会に間に合わせてってやるけど、それでは成長が止まってしまいます。野球がうまいということと、試合に勝つということは別物なんです。
勝ち負けは「本能」で決まります。
「ゾーン」を作る方法を学べ!
――バッターボックスを「マイゾーン」として考える、というお話がありましたが、普段からどんなことをすれば「ゾーン」を作れるのでしょうか?
林 運動能力を発揮するためには、一人一人の運動能力をまず、あげないといけません。そのために必要になってくるのが「水平目線」と「可動軸」。
まず、人間は「空間認知脳」という知能で、物を見る仕組みになっているので、常にインプットする情報を正確に脳に入れられるように、目線を水平にしないといけません。歩く時も目線を水平にして。超一流の選手で、目線が傾いている人っていないんですよ。
次に、体軸を鍛えることが大切。歩く時も傾いていてはいけません。階段を下りる時もまっすぐ、軸をずらさず降りるんです。いろいろなオリンピック選手に指導してきましたが、金メダルをとっている人は、みんな体軸がしっかりしていて、空間認知脳がすごく成長していますよ。
軸には、普通に重力に向かって立っている「静止軸」と、運動する時に大切な「可動軸」があります。可動軸は、あごの先とお尻を真っ直ぐに結んだ線のことで、背骨と足のつながりがしっかりしてくると、強くなります。そこを支えている筋肉が「腸腰筋」。この腸腰筋を鍛えるためには、肘を後ろに引っ張りながら、ランニングするといいですよ。
――林教授は2010年、社会人野球の都市対抗で優勝した東芝にもアドバイスされたそうですね。東芝にも「ゾーン」の話をされたんでしょうか?
林 東芝には『7回入ったら東芝タイムって、ベンチに書いときなさい』と言いました。これは競泳の金メダリストの北島 康介選手が、ゴールに弱いのを克服した方法でもあるんですけどね。北島選手には『残り10メートルは、北島選手が日本中に感動を巻き起こすゾーンだ』と伝えました。そして『練習の時は、誰よりもすごい、命懸けの練習をしてください』って。東芝も同じようにしたら、逆転に次ぐ逆転で決勝戦に行って、勝ちました。人間っていかに普段、命懸けでやっていないかってことですよね。
よく『壁を破る』と言いますけど、それは「統一・一貫性」を外すこと。本能を外れているから無理なんですよ。じゃあどうすればよいのかというと、『これくらいならできる』という目標を立てて全力投球する、というのを繰り返していくんです。そうすると、少しずつ「統一・一貫性」が進化していき、どこかの時点で弾けます。期間限定で少しずつ進化する、ということです。これは試合しながら勝ちあがる方法の一つにもなっています。
4つの条件でチーム力を上げる
日本大学 林成之教授
――野球はチームスポーツです。チーム力を向上させる方法はありませんか?
林 よく『心を一つに』ってみんな言っていますよね。それはどういうことかと言うと、脳が「同期発火」、つまりお互いの神経細胞が同時に活動することなんです。同期発火している人間同士は、目と目が合うと、相手の気持ちが分かる。心が一つになったら、同じ行動をしたりするんですよ。
そして、この「同期発火」には4つの条件があります。
一つ目は「目標が同じものである」ということ。これは簡単ですよね。次は「お互い好きになっている」ということ。チームメイト全員が好き同士であるということです。そして、3つ目が「相手の脳に入る」ということです。
――『相手の脳に入る』というのは、どうすればよいのでしょう?
林 どうやるかというと、相手の言葉を使うんですよ。例えば、スーパーマーケットで、お母さんにお菓子を買ってもらえなくて、暴れている子供がいますよね。
この時、お母さんと子どもの心を一つにするためには、子供に『お菓子買って』って言われたら、お母さんが『お母さんも買ってあげたいって思ってたんだよ。でも今日はお金持ってきてないの』って言うことです。これでおしまい。
チームメイト同士も、心を一つにしようと思ったら、お互いに共通の言葉を使うこと。『そうだよ』『なるほど』、たったこの2つですよ。それを言ってから、自分の意見を言ったり、相手の意見を聞いてあげるんです。『どうしてそう思うの?』って。『自分はこうやったけど、うまくいかなかった。なんでだろうね』っていう会話をお互いにし始めるといいと思います。そうやってチームを作っていくと、一つになれます。相手の言葉を使って気持ちを一つにしていくんです。
――なるほど。最後の4つ目の条件は何でしょうか?
林 それは、チームメイトを尊敬すること。尊敬しない人の会話は、脳に入ってこないようになっています。だから、選手は監督さんを尊敬して『あの人がいるから、自分がトップに行けるんだ』って考えを持つこと。監督さんやコーチも『この子供たちがいるから、自分も立派な指導者になれるんだ』って考えを持つと、選手の出来がたとえ悪くても、選手は自分を高めてくれるための大切なツールになってくるので、尊敬できます。
「きょういく」っていうのは教え育てる「教育」と、一緒に育つ「共育」があるんですよ。野球チームは、それができるチャンス。何か失敗した時、先生が、ダメ出しばっかりするのではなくって、『俺がもっと勉強するから』って言ってくれたら、選手は『先生は、あんなすごいこと悩んでいるんだ。これは頑張らなきゃいけない』ってなると思いますよ。指導者は自分を基準にするのではなく、一緒に育っていくという概念を持ってください。その概念こそが、「勝負脳」の本質です。
人を尊敬すること、そして相手の言葉を使うこと、この2つは日常でも習慣にすると、チーム力向上の役に立ちます。
高校球児へメッセージ
――最後に現役の高校球児に一言、お願いします!
林 高校3年間は、自分がやがて立派な人間になるための土台を作る期間。今の成果で自分を評価しないでください。高校生の時の結果だけでなく、いつか自分はすごい人間になれるんだっていう自信を持ってほしいと思います。そして、自信を持つために、何が必要か、ということだけをしっかりと考えて、そこに損得抜きに全力投球すれば、人として必ず光ってくると思います。
林教授、貴重なお話、ありがとうございました! 高校球児のみなさん、参考になりましたか? ぜひ集中力を高めるとともに、チーム力も向上させてください!
次のページに、チーム力向上のための4つのポイントについて、林教授が解説している動画があります。ポイントをしっかりと復習してくださいね!
[page_break チーム力向上のポイントを動画で解説]
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チーム力向上のポイントを動画で解説
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