伝統校の勝負強さ、健在なり
重圧を力に
白山の選手たち
鹿児島実は今年で創部100周年を迎え、2月には盛大な記念式典が開催された。久保克之名誉監督が「宮下監督を男にしてください」と現役部員に檄を飛ばしていた。20年前、杉内俊哉(現巨人)を擁して横浜・松坂大輔(現中日)と投げ合った第80回大会、10年前の第90回大会、更には学校創立100周年だった3年前…「節目」と呼ばれる年で鹿児島実は必ず結果を残している。「プレッシャーでしかないんですけどね…」と宮下正一監督は優勝インタビューで苦笑した。記念式典で久保名誉監督の言葉を聞いたとき、今年の夏は、その重圧を力に変えて圧倒的な強さを発揮するか、重圧に負けて力を発揮できずに終わるか、どちらかになる予感がしたが、「前者」だったということになる。
準々決勝までの戦いぶりは、勝ち上がってはいても本来の力は出し切れていなかった印象だ。エース吉村陸矩(3年)を軸に、先制点を挙げて堅実に勝ち上がってはいたが、チーム打率は2割9分8厘と3割を切っており、準々決勝の指宿商戦は再三チャンスを作りながら1点しか取れなかった。それが準決勝・鹿屋農戦16安打13得点、決勝・鹿屋中央戦18安打9得点と爆発。「大会序盤は相手の好投手を攻略することを意識しすぎて打撃が小さくなっていた。準決勝からは練習通り思い切った打撃を意識させた」(宮下監督)。
エース吉村は春の大会準々決勝の樟南戦で打ち込まれてから自分の投球を見失っていたが、NHK旗で自信を取り戻し、今大会は期待通りの働きだった。左腕・立本颯(3年)も計算できる投手であり、2本柱の存在は安定した試合運びができた要因だった。長丁場、とりわけ今年は酷暑と言われるほどの暑さの中で、大会がヤマ場を迎える準決勝、決勝で本来の力を発揮するところに伝統校らしい勝負強さを感じる。節目の重圧も加わった中でも勝ち切れた要因は「朝練習から始まって県内のどこよりも練習してきた」ことに尽きると宮下監督は言い切る。一つの重圧から解放されれば、大舞台で伸び伸びと力を発揮できるようになるのも鹿児島実の伝統。[stadium]甲子園[/stadium]での戦いぶりに注目したい。
予想を覆す健闘
戦前の予想では鹿児島実、れいめい、樟南、神村学園の上位4シードがやや抜けている印象だったが、実際に4強に残ったのは鹿児島実のみ。鹿屋中央、鹿屋農、鹿児島南は大会を通じて成長し、予想を覆す健闘ぶりをみせた。
第6シードの鹿屋中央は、これまで打線が強力だった反面、投手力と守備力が課題に挙げられていた。準々決勝では県ナンバーワン左腕・松本晴主将(3年)を擁する樟南を相手に1対0の完封勝ち。エース向井翔太郎主将(3年)が松本との投げ合いを制した一戦は今大会のベストゲームに挙げたい。続く準決勝では福地玲夢(2年)、向井の継投で2試合連続の完封勝ちで初の甲子園に出場した14年以来の決勝に勝ち進んだ。1年生ながらショートのレギュラーで定着していた山本聖が好守を連発するなど、守備の安定感も光った。決勝では鹿児島実の強力打線に勝負所で踏ん張れず、4年ぶりの大器は逃したが、この夏を主力で経験した1、2年生が残っており秋以降も楽しみなチームである。
鹿屋農、鹿児島南の4強入りは賞賛に値する。鹿屋農はこれまで県大会8強以上の実績がなかったが、4回戦でシード川内に競り勝って初の8強入り。準々決勝では昨夏準優勝メンバーを豊富に残す鹿児島を相手に、雨による再試合を制して準決勝に勝ち進んだ。飛び抜けたスター選手はいないが、大会をほぼ1人で投げ抜いた右腕・髙﨑大生(3年)を中心に「当たり前にやれることを当たり前にやる」(今熊浩輔監督)ひたむきさが光った。ソフトボール出身の今熊監督だが野球への情熱が熱く「公立校の中では一番練習している」と胸を張る。こういうチームが出てきたことは同じような地方校、公立校の励みになったことだろう。
8年ぶりに4強入りした鹿児島南は、春から夏にかけて大きく成長したチームだ。核になるエースがいなくて伸び悩んでいたが、右腕・岩下倖大(3年)が粘り強く試合を作れるようになったことが夏の好成績につながった。リードオフマンの小齊平拓也主将(3年)、頼れる4番・嶽川世廉(3年)と打線も強力で、強豪私学とそん色ない力強さを感じた。
野球人口減少に向き合う
準々決勝の4試合のうち3試合が1点差、残る1試合も2点差と4試合全てどこが勝ってもおかしくない接戦だった。4回戦の指宿商対武岡台が延長12回まで両者無得点で初のタイブレークにもつれるなど、大会を通しても試合を作れる好投手を中心に僅少差を争う接戦が多かった。
1回戦の鹿児島工対川辺、薩南工対鹿児島中央、2回戦の出水商対種子島中央、枕崎対国分中央、3回戦の武岡台対国分中央、徳之島対薩南工など、打高投低の傾向が著しい近年、投手を中心に僅少差を争い、1点の重みを感じさせるような好ゲームが多かったのも今年の夏の特徴だった。樟南の左腕・松本は3回戦の鹿児島水産戦で20奪三振と大会記録にあと1つと迫る三振を奪った。
一方で合同チームや9人ギリギリの少人数チームなども増え、野球人口の減少という厳しい現実が高校野球界にも押し寄せてきたことを痛感した。05年に史上最多となる93校91チームだった出場校数は徐々に減少し、今年は77校70チーム。少子化のスピードを上回る野球人口の減少傾向を目の当たりにし、今後の野球界の在り方について真剣に考える時期に来ていることを痛感させられた大会でもあった。
文=手束仁