県立奥越明成高等学校(福井)「少人数の雑草軍団が夏に強くなる理由」
この夏、福井大会でベスト4に進出した奥越明成。なぜこのチームが注目されるのかというと、3学年で20人台という小世帯のチームの中、毎年上位に勝ち進んでいるチームだからだ。この夏も、ベスト4。なぜこのチームが福井県でも上位に進出するチームになれるのか…。その背景を知るべく大野市にあるグラウンドを伺った。
夏に強い。奥越明成の戦績
キャプテン・寺島 海渡選手(県立奥越明成高等学校)
「センター空けといていいですか?」
過去4年で2度、夏の福井でベスト4入りを果たした奥越明成の練習中、ノックが始まる前に選手が監督に確認した事柄はとても今夏に3勝を挙げたチームとは思えないものだった。10人いた3年生が引退し現在の部員数は13人。しかもその内2人は中学まで野球経験無し。この日、センターの選手が病院に行っていたため誰も守る選手がいなかった。
結局、レフト兼ピッチャーの選手がセンターに入ったが、ほとんどのポジションで守備に就くのは1人だけ。この状況下で主力を怪我で欠こうものならダメージはかなり大きい。実際、新チームは8月末の練習試合でショートを守るキャプテンの寺島 海渡(2年)がシートノックで右足の靭帯を切り戦線を離脱すると、秋はリードする展開の試合を逃げ切れず1回戦で姿を消した。
「まだ“チーム”になっていないようなチーム。夏に向けて1年かけてチームを作るんです。よく雑草集団という言葉を使う人がいますけど、うちがまさにそうで、上の学年が人間的に成長して引っ張ってくれるんで夏に戦えるようになるんかな」とは勝矢 吉弘監督。
単独チームとしては2012年秋からと歴史の浅い奥越明成はここまで公式戦22試合を戦い戦績は9勝13敗。まだ強豪と呼ばれるほどの実績は無いが、この22試合を季節別に並べ替えるとその評価は一変する。
春 2勝4敗
夏 6勝4敗
秋 1勝5敗
夏に強いことが分かる。この夏も昨秋の練習試合で対戦した際に0対18でボロ負けしていた美方と準々決勝でぶつかると4対0で撃破。昨秋は投手陣は4発の本塁打を浴び、打線は相手エースが1イニングしか投げていないにもかかわらず沈黙していた。それが8ヶ月後には見事リベンジに成功、2014年夏に並ぶベスト4に進出した。4年で準決勝に2度進出と第三者目線からは着実に進んでいるように見えるが、その始まりは手も足も出ないままの5回コールド負けからだった。
「チーム作りは人間作り」の信念でコールド負けのスタートから2度のベスト4入りへ
勝矢 吉弘監督(県立奥越明成高等学校)
奥越明成は、以前は大野東と勝山南と3校の合同チームで公式戦に出場しており、単独チームとして初の公式戦となったのは2012年秋。結果は1回戦で丹生に0対10で5回コールド負けを喫した。この試合が高校野球での初采配となった勝矢監督にとっては苦い思い出となったが、当時のスコアはグラウンド横のマネージャー室入口正面に貼られている。その横には翌年の春、公式戦初勝利を挙げた時の新聞記事も。しかし、その後は夏秋春と3季連続で初戦敗退が続いた。
そんな中で迎えた2014年の夏、周囲の予想を大きく上回る躍進を果たす。140km/h中盤の球威を誇るエース・白坂拓真と、本職はセカンドながら気持ちを前に出す投球を見せた当時の副キャプテン・出蔵 恒輝との継投でチームは準決勝に進出。奥越明成の歴史に新たな1ページを刻んだ。
また、この時キャプテンを務めていた斉藤 尚之が外部コーチとして指導してくれることになり、その次の年代は秋も春も白星を挙げた。そして今夏、人間的に成長したキャプテンと副キャプテンが抜群のキャプテンシーでチームを引っ張り再びベスト4まで勝ち進んだ。
「チーム作りは人間作り」。そう話す勝矢監督は地元出身で、長らく中学軟式の指導をしていた。奥越明成赴任初年度の2011年はバスケットボール部の顧問を務め、2年目に野球部部長、単独チームとなったその年の秋から指揮を執る。
「指導者として来たい、なんとかこの学校を頑張らせてあげたい、という思いはずっとありました」
奥越明成の前身に当たる大野工業はかなり昔になるが、テレビのドキュメンタリー番組で特集されたことがある。しかしその内容は地方大会での連敗を記録を作った「日本一弱い高校」として取り上げられたもの。当時それを観た勝矢監督は小学生ながらに悔しさや情けなさを感じていた。
現在でも戦力的にはまだ強豪と差があることは否めない。8月1週目に行われた福井の横綱・敦賀気比との定期戦、相手はセカンドがエラーすると次の選手に交代し、その選手もエラーをするとすぐにまた次の選手に交代する。そうして出てきた4人目の選手がホームランをかっ飛ばす。部員数がベンチ登録可能人数に満たない奥越明成では考えられない光景だ。
「周りから応援してもらえたり、そういうことがあっての高校野球だと思うんです。だから凡事徹底を大事にしてます。私学とは野球能力でいったら何百倍も差がありますけど、ひっくり返すチャンスはあるので。それを見つけようと」
勝矢監督の指導は野球の技術指導よりも人間力育成に重点を置く。旧チームから3番を打つ副キャプテンの松田 竜輝(2年)は「野球以外の生活面から見てくれるいい先生です。人として当たり前のことを当たり前に出来るようになりなさい、とよく言われます」と話す。奥越明成の朝練ではボールもバットも使わない。内容は挨拶とゴミ拾いだ。元々はペナルティとして始めたものだったが、3年前の世代が「これからも奥越明成の伝統として残してほしい」と要望し、それ以後定着した。
メンタル強化と体重アップで夏はベスト4以上を目指す
副キャプテン・松田 竜輝選手(県立奥越明成高等学校)
培った人間性が夏の好結果につながっているが、それも土台が無くては試合の中で発揮出来ない。寺島も松田もチームとしての冬の課題は、メンタルを強くすることと体を大きくすることの2点を挙げた。秋は練習で出来ていたことが試合で発揮出来ず、得点した後に簡単に失点してしまい勝利を逃した。
メンタル強化がその弱点克服の課題なら、体重アップは長所を伸ばすためのものだ。この夏チームを引っ張った現3年生のキャプテン、副キャプテンもオフの間に7、8㎏の増量に成功し、春には打球の飛び方が変わっていた。「高校生には中学生を指導していた時には感じられなかった短期間での伸びがある。冬を超えると大きくなりますね。特に2年から3年になる時の成長具合はすごいですよね」。勝矢監督は秋と夏では全く別のチームに生まれ変わる成長ぶりを何度も目の当たりにしている。
オフの取り組みについて口を揃えたキャプテン・寺島、副キャプテン・松田は夏に向けてもでも全く同じ目標を口をした。それは「前のチームを超えること」。ベスト4を超えた先に待つのはまだ見ぬ聖地・[stadium]甲子園[/stadium]。秋、初戦敗退も急カーブを描くチームには関係無い。“夏の奥越明成”に期待が高まる。
(取材・文=小中 翔太)