目次

[1]「高卒プロ入り」は頭になかった佐野日大時代 / 「未熟さ」を気付かされた社会人野球1年目
[2]「侍ジャパン」で学んだストレート勝負のマインド
[3]自分の道を「正解」とするために

 佐野日大高卒1年目で最速150キロ。名門・JR東日本の主戦格となり侍ジャパン社会人代表にも選出され「2017年・ドラフト上位候補左腕」の声まで上がる田嶋 大樹投手。そんな田嶋投手に、社会人入りの裏側や今年取り組んでいることについて話を伺った。

「高卒プロ入り」は頭になかった佐野日大時代

田嶋 大樹(JR東日本)

「周囲に騒がれても自分が選んだ道を突き進む」。田嶋 大樹を一言で表現すればこうであろうか。口ぶり、行動ぶりから見ても先輩選手から「マイペース」と評される男。佐野日大高時代から、そんな彼の主義は大舞台での強心臓につながってきた。

 2014年センバツもそうだった。前年秋の栃木県大会で5試合連続無失点、続く関東大会でも強打の東海大甲府試合レポート)・横浜試合レポート)を連覇したことで「大会注目度ナンバーワン左腕」と騒がれた田嶋。その期待通り、田嶋はセンバツ初戦鎮西戦から本来の投球を見せ付ける。

 甲子園デビューで最速145キロを計測し12奪三振無四球完封勝利すると、2回戦でも岡本 和真(巨人2014年インタビュー)からも2奪三振を奪い強力打線・智辯学園相手に延長10回4失点でベスト8進出。そして明徳義塾戦(試合レポート)では3度目の甲子園となった岸 潤一郎(拓殖大2013年インタビュー)相手に延長11回5失点完投勝利でベスト4。準決勝では優勝した龍谷大平安に1対8で敗れ決勝進出とはならなかったが、560球の好投で、プロのスカウトから大きく評価を高めた。

 が、それでも田嶋は「プロ入りについて全く考えたことはなかったですね。プロ野球を見ることもほとんどなかったので」
最後の夏、栃木大会決勝戦で左わき腹を痛め、途中降板。そしてチームも敗れ甲子園出場を逃しても基本線は変わらなかった。

 ただ、周囲からプロ入りを勧める声もあった。自分の判断と周囲の評価とのギャップ。それでも田嶋は冷静に考え直した。最終的に彼の判断を決めた根拠は3年後、その先の自らの姿である。
「高校の時の実力のまま行っても、プロでは早く終わってしまうんじゃないかという不安がありました。それならばプロへ近い社会人野球でプレーすることが一番だと考えていました」

 目的は3年間をかけ、即戦力でプロ入りできる実力を付けること。かくして高校No.1左腕は社会人の名門・JR東日本への入社を決意することになる。

「未熟さ」を気付かされた社会人野球1年目

 かくして社会人野球の扉を叩いた田嶋。入社当初から調子が良ければ、抑える自信はあった。2月28日の横浜DeNAベイスターズ(ファーム)との交流戦における社会人デビュー戦はひときわ鮮烈だった。ストレート一本で2回5奪三振。この投球にはスタンドからもどよめきが起こり、相手打者からも「何であの投手、プロへきていないの?」という声も上がったぐらいだ。

 しかし一方で調子が悪い時はとことん打たれる。「調子が悪いとストレートも走らない、コントロールも乱れる、変化球も全く切れない。社会人野球の打者のレベルは本当にレベルが高いですし、そこは見逃してくれません。そういう未熟さを直していかないといけなので、自分が選んだ道は間違っていなかったと思います。今は調子が悪い時でも、試合をしっかりと作れる投手になることが課題です」とテーマを設定しながら投げ続けた田嶋だが、それが最も大事な試合で最も悪い方に現れる。

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