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第284回 小坂 誠 ファーム内野守備コーチ(北海道日本ハムファイターズ) 【前編】「名手・小坂を生み出したバックグラウンド」2015年03月28日

【目次】
[1]高校、社会人時代は守備で評価される選手ではなかった
[2]レン・サカタコーチと酒井 忠晴選手との出会いが大きな影響を与える

 現役時代、『平成の牛若丸』と称され、ゴールデングラブ賞を4度受賞し、90年代後半から00年代前半のパ・リーグを代表とする遊撃手として活躍した北海道日本ハムファイターズの小坂 誠2軍内野守備コーチ。特に優れていたのは、スピードがある遊撃守備だった。小坂コーチはどのようにしてスピードがある遊撃守備を作り上げたのか。

 また、守備の考え、現役時代の取り組み、守備で生きてきた選手の正直な思いも話していただいた。

高校、社会人時代は守備で評価される選手ではなかった

小坂誠ファーム内野守備コーチ
(北海道日本ハムファイターズ)

「守備で評価されることは凄く嬉しいことですが、プロ入りしてからも全く自信はなかったですし、不安も多かったです。しかし、出場している以上は常に周囲から信頼される守備者を目標に取り組んでいました。高校、社会人時代の私は今以上に技術、体力においても、同年代の選手には及びませんでした。特に私立高校の遊撃手たちはレベルが高かったですから」

 多くのファンは守備を評価される小坂コーチの姿しか知らないので、意外な言葉に聞こえるだろう。だが、これまでの小坂コーチの野球人生、野球選手としての考え方について聞くと、自分の正直な気持ちと、上手くいかない自分自身の守備と向き合いながらも、野球人生を送ってきたのが解る。

 高校時代(宮城・柴田高校)から話を振り返る。小坂コーチ自身は他の選手を観察することを心掛けていた。

「チームメイトと他校の試合や、当時の県営宮城球場でプロ野球の試合などに足を運び、選手の動きを観察するように努めていました。自分自身と照らし合わせて、自分には何が足りない選手なのか、現状より上達するには何をすればよいのか。考えて工夫することを高校時代から心掛けていました。今振り返ると、その考えて工夫することが大きかったと思います」

 高校卒業後、宮城県の社会人チーム「JR東日本東北」へ入社してプロに指名されるまでの5年間を過ごす。この5年間が小坂コーチにとって重要な期間となった。現役時代、167センチしかなかった小坂コーチが更に上の世界で対抗する為に考えたことは、筋力を上げることと、スピードと体力を高めることであった。
ウエイトトレーニング、短距離走、長距離走、そして技術練習の反復に時間を費やした。この5年間の鍛錬がプロ1年目から試合に出場する体力的な土台を築く形となった。守備に関しては特に入社3年目までは自分が体現したい守備が出来ずに、思い悩んだ時期が続いていた。

「高校の時は3年生になってから、やっと私学の選手の打球の速度、走者のスピードに対して、最低限の対応をすることが可能になりましたが、今度は金属バットを持った社会人の強者が相手。打球の速さが全く違います。最初はそのスピードについていけずに、何度となくエラーをしてしまいました」 

 その時に考えたことは「自分は不器用なので、何としてでも身体で止めること」だった。
「技術の高い選手であれば捕球も可能ですが、自分の場合はそのような選手には程遠い技術だったので、ただ、『漠然と守っていては駄目』と考え、どんな形であれ如何に速い打球に対応出来るか、そして、投手が投げるタイミングと打者のインパクトに合わせて素早く反応する動きを練習から意識して取り組むように心掛けていました」

 自分がイメージ通りに捕球出来る頻度が増えたのが4年目。しかし、社会人のレベルは高く、5年目は更に守備を磨くことに努めた。
本人は「上手くない選手」と話すが、その後、社会人野球でも評価対象の選手として、1996年ドラフト5位で千葉ロッテマリーンズに指名され、プロの扉をこじ開けたのだ。そして、一人のコーチと選手の出会いが小坂コーチの守備力を大きく高めることになる。

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プロフィール

小坂 誠
小坂 誠(こさか・まこと)
  • 北海道日本ハムファイターズファーム内野守備コーチ
  • 経歴:柴田―JR東日本東北―千葉ロッテマリーンズ(1997~2005)―読売ジャイアンツ(2006~2008)―東北楽天ゴールデンイーグルス(2009~2010)(2011~2013コーチ)―北海道日本ハムファイターズ(2014~ファームコーチ)
  • タイプ:右投左打
  • 身長体重:167センチ63キロ
  • 生年月日:1973年7月2日
  • 獲得タイトル
    新人王(1997)
    最多盗塁(1998、2000)
    ゴールデングラブ賞(1999~2001、2005)
    月間MVP(1997.4)
  • 上記データは掲載時のものとなります。
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