社会人野球から学ぼう 鷺宮製作所 村上 純平 「できる限り強い打球を打つ」ための心技体
社会人野球で「東京屈指のスラッガー」と言われている村上 純平選手。
2007年第78回都市対抗野球大会優秀選手という実績。さらに2010年から今年まで、4年連続都市対抗野球東京代表チームに補強選手として呼ばれている事実が、その実力を裏付けている。
そんな村上選手の秘められた打撃論に迫る!!
ふつう、ホームランバッターと聞くと豪傑のようなデカくてゴツいキャラクターをイメージしやすいのではないか。しかし、目の前に現れた村上純平選手は、少年のような笑顔を浮かべ、気さくに人と接してくれる“愛されキャラ”だった。
「自分でいうのもなんですけど、先輩や後輩にイジられることは多いです(笑)」
人と溶け込みやすいキャラクターが、都市対抗で4年連続補強選手に呼ばれている理由のひとつかもしれない。そんな村上選手は言う。
「自分のことをホームランバッターだとは思ってないです。そう思って打席に立ったことはないですね。ただ、点差やカウント、ランナーの有無といった状況に応じて、ホームランが必要な場面では狙うこともあります。そういうときは大抵打てないんですが(笑)、ホームランは選択肢のひとつです」
のっけからテーマを否定された気もするが、世間からは強打者との評価を得ている。では、実際打席に立つときにイメージする理想のバッティングとは、どんなものだろう。
「理想のバッティングは、右中間、左中間のフェンスにダイレクトで当たるライナーの打球を放つことです。極端にいうと、セカンドやショートの頭少し上を超えるぐらい低い弾道でフェンスにぶち当てるイメージです」
つまり「できる限り強い打球を打つこと」。村上選手の打撃哲学は、この1点に集約される。
覚醒前夜
そもそも、もとからホームランを量産するようなタイプではなかったという。
「どちらかというとどんくさいタイプなんで、無我夢中で練習しないとついてけいけない感じなんです」
東京都武蔵野市出身。中学は保谷シニアで、桐蔭学園(神奈川)のセレクションを受け、「クセがない」という評価で見事入学。しかし、周りを見ればシニア日本代表がいたり、軟式野球の全国大会で名を馳せた選手がズラリ。
「これは3年間スタンドで応援だな」
と思ったという。しかし1年夏、先輩がケガして空いた外野メンバーの枠に「運よく」すべりこんだ。そして神奈川県予選ではいきなり4番に抜擢される。
「まさか自分が背番号もらえるとも思えず。で、バット引きかなと思ってたら4番。緊張しすぎてもう、全然打てませんでした」
その年、桐蔭学園は甲子園出場。村上選手は甲子園メンバーには入ることができず、結局3年間で甲子園出場はなかった。大学は法政大学に進学。
「桐蔭の教えとしてホームランを狙うようなバッティングはしませんし、法政でも1年時の山中正竹監督は強打のチーム作りでしたが、2年時からは金光興二監督になられてつなぐ野球になりました。だからホームランを打つ教えっていうのは大学1年のとき以外なかったんです」
「ポテンシャルも感じていなかった」とは本人の弁。決してスラッガーとはいえなかった学生時代。そんな村上選手が現在の姿になるきっかけは、社会人野球に進んで2年目のことだった。
心:覚悟から生まれた余裕
きっかけは“気持ち”ですね。社会人になったとき、ちょっと天狗だったんです。東京六大学でやってたし……みたいな(笑)。そうしたら1年目、年間にヒット3本ぐらいしか打てなかったんです。周りのみんなにもコイツはダメだ、と思われて。これ以上、人生落ちないだろうってぐらいどん底だったので、2年目はダメなら辞めよう、という覚悟で野球に取り組んだんです」
このどん底からの“割り切り”が村上選手を覚醒させた。最も大きかったのは「怖くなくなった」ことだ。
「1年目は、打たなきゃいけない、チャンスでいいトコみせなきゃ、三振しちゃいけない、ってがんじがらめに考えていてほとんどバットが振れなかったんです。でも2年目はアウトでも、それはやるだけやった結果なんだからしょうがないと。そう吹っ切れてからどのボールを投げられても怖くなくなったんです。難しいボールに対してもバットが振れるようになって打てるようになりました」
1年目とは別人のように打ちまくったという社会人2年目。打席ではただただ無我夢中。すると狙ってもいないのにホームランが飛び出すようになった。
話からすると偶然による覚醒のようにも聞こえるが、実はそうではない。夢中になりつつも「心に余裕を持つ」ことを覚えたことが大きい。
「大先輩から『引きだしを持つことが大事だ』って言われたんです。最初は、なんのこっちゃ?って思っていたんですが(笑)、いろんな人の話を自分の中に吸収しておくと、ケースごとにいろんな対応ができるようになります。自分のスタイルを持つことも大事ですが、それだけだと崩されたら終わり。でも、相手ピッチャーや球種に合わせて“引きだし”からベストに対応できるパターンを持ってくれば一打席、一球ごとに勝負できるじゃないですか」
相手に合わせて柔軟にバッティングを変える。「備えあれば憂いなし」ではないが、いくつものスタイルを持っていれば余裕が生まれる。そのパターン作りのヒントを得るには話を聞くことが一番。そこから練習などで試行錯誤することで自分のものにしていく。
「そのスタイルを100も作ったら大変ですけど、僕の場合、対戦相手によって5パターンぐらい用意して試合に臨みます。たとえばタイミングを極端に早くとるピッチャーがいる一方で、サイドピッチャーが相手ならタイミングを遅くとるようにしてみたり」
このパターンの裏には、人から聞いた話をもとに、自分で考えた理論が存在する。例を挙げると、左ピッチャーが相手の場合は、「バットをトップの位置から1ミリもズラさず振るようにする」というが……。
「自分も左バッターなので、左ピッチャーと対戦するときは体が開いた時点で勝負はついてしまう。ではギリギリまで待てばいいかというと、それではインコースが打てない。どのボールにも対応するためには動かないのがベスト、という考えですね」
この理論は誰にも当てはまるというマニュアルではない。自分なりに考えて試してみて、結果が出れば採用する。そうやって自分の中の引きだしを増やす。「聞く」にとどまらず「吸収する」とはこういうことだ。
ここまで読んで「それでは自分のバッティングを見失うのではないか」と思う人もいるかもしれない。しかし聞いたことを付け焼刃のマネゴトではなく、本当に吸収できていれば自らを崩すことにはならない。裏を返せば、それだけの練習と突き詰めて考えることが必要になる。加えて村上選手の場合、これらの引きだしはすべて「できる限り強い打球を打つ」ために用意されている。この大きな目的がある限り、バッティングはブレることはない。
「引きだしを多く用意することで余裕が生まれる。それで結果が出ると、さらに余裕が出る。今でも打席で足が震えることはあります。でもそんなときこそ『足震えててもオレ、打っちゃうよ』ってちょっとフザけて打席に入るようになりました」
技:最悪の「タイミング」と最高の「軸」
技術面でこだわっていることは「タイミング」と「構え」。ここでも念頭に置かれるのは、「できる限り強い打球を打つ」ことだ。
「バッティング練習は“ワザと合わさないで”打ちます。試合で投手と打者はタイミングを崩す、崩さないの駆け引きをする。だから僕はタイミングを崩されることを前提に練習してしまいます。投手からしたら、せっかく打者のタイミングを崩したのに強い打球を打たれたら一番ショックじゃないですか」
マシン打撃の際はバッターボックスの一番外に立って打つ。ティーバッティングでも股をひろげ、低めギリギリのボールを下半身だけで拾う打ち方を続ける。「崩されてもできる限り強い打球を打つ」ために考えて練習していくうちに、狙ってもいなかったり体勢を崩されてもホームランが出たりするようになった。
そして構えで重要なのは、「自分の構え」を完璧に把握しておくこと。
「そのときの体の状態で無意識のうちに構えというのは変わっています。たとえば上半身が疲れてくると、トップの位置が下がるというように。するとバットの出方もおかしくなるし軌道も変わる。そんな構えで練習してないから当然打てなくなります。だから、自分のベストの構えをちゃんと作って、それを把握しておかなければなりません。ベストポイントは、なるべく0%の力でポンと置けて、かつバットが出しやすい位置。そのポイントでいつでも構えられるようにしておくんです。もしズレた場合に、違和感を感じられればそれでOKだと思いますよ」
ベストの構えを見つけたら、次はスイング。ここで大敵となるのが「力み」だ。
「できる限り強い打球を打つためには、ボールに対して100%の力を伝えることが重要です。でもこの力の配分を間違えると力みになります。つまり、インパクトより前に100%の力を出してしまうということ。それを避けるために、自分は頭に目盛りをイメージしながらバットを振ってます。構えのときは0%、そこからバットを始動させて目盛りが上がっていく。そしてインパクトでMAXの100%に到達する。このイメージで振り続けていると、バットがスムーズに出るようになったり、しなる感覚を得られるはずです」
とはいえ、村上選手も人間。当然、不調に陥るときもある。
「そのときチェックするのは『軸』と『軌道』です。バットが数ミリずれるだけで凡ゴロになったりフライになったりする。それを避けて100%の力をボールに伝えるためには、体が少しでも傾いてはいけない。だから鏡の前でスイングしながら、体がちゃんと真っ直ぐになっているかを確認します。もちろんフォロースルーまで。バットの軌道は、自分の思ったところにバットが出ているか、をひたすらチェックします。置きティーをしてみるとわかりやすいですね。素振りでも、目でとらえている対象が素直にバットに当たるように合わせていくんです。あとバットが揺れていないかも気にします。波打つような軌道になるときは、大抵リストの返しに問題がある。それも鏡でチェックしていれば矯正できますから」
タイミングは最悪の形を想定して練習する。構えは最高の形を想定して練習する。結果、タイミングを崩されても強い打球――ときにはホームランも――打てる可能性が広まる。
[page_break:体:重いバットで鍛えた野球用の筋肉]体:重いバットで鍛えた野球用の筋肉
村上選手は身長180センチ、体重85キロ。スラッガーと呼ばれる選手として、平均的ともいえる体つきだが、じつは「ウエイトトレーニングをしない」というから驚きだ。
「もちろん多少はやるんですが、基本はナチュラルで筋肉をつけてます。ヘンに筋肉をつけて硬くなると、ケガをしやすくなりそうですし……。もちろんウエイトをすることはいいことなんですけど、正直、ホームランを打てる力があれば、それ以上の筋量はいらないんじゃないかって思うんですよね(苦笑)」
「できる限り強い打球を打つ」ことを念頭に練習をしてきた結果、必要な力は練習でついた、ということなのか。それともここまで述べてきた「心」「技」の部分でパワーを補える実力を培ったきたのか。それはわからないが、村上選手がパワーだけに頼ったスラッガーではない、ということは確かなようだ。
「ただ、重いバットを振り続けて筋肉はつけてきました。重いバットは、全身でちゃんと振らないと振れるものではありません。ちゃんと全身を使って振っていると全体のバランスがとれるようになります。ちょっとでも軸がブレれば体がよろけますから、すぐにブレたことがわかる。重いバットで振るということは上半身の筋肉が鍛えられると考えられがちですけど、下半身で支えていないと必ずブレる。だから下半身により力が入るはずです。普通に振ると上半身、特に腕がパンパンになりますが、下半身で振れていれば腰や腿が張るはずです。僕はそここそ、野球をやる上で必要な筋肉と思っているんですが」
ホームランはライナー性のものが多いという。高校、大学と特別なホームランバッターではなかった。社会人1年目はどん底を味わった。そこから、「できる限り強い打球を打つ」ため心技体を研ぎ澄ましてきた。村上選手にとってホームランとは狙って打つものではなく、あくまで「強い打球」のひとつにすぎない。
「僕も4番バッター=ホームラン、っていうイメージを持っていたことがありましたが、今は4番バッター=打点、かなと思ってます。いわゆるスタンドインを狙った滞空時間の長い打球は、ボールに対するバットの入り方とかが全然違ってくる。それを狙うと、ちょっとのズレでフライになってしまいます。チームの勝利を考えたら、できる限り強い打球を打って打点をあげた方がいい。フライと強い打球、守ってる側からして捕りづらいのはどちらかを考えても、答えは明らかですよね」
その柔らかな笑顔とは裏腹に、心に決めた信念は頑ななまでに最後までブレなかった。
(文=伊藤亮)