秀岳館(熊本)編「4季連続甲子園出場達成!急成長を遂げた秀岳館のつながり」
左から九鬼 隆平、藤吉 優 (秀岳館)
今や名実ともに全国レベルとなった秀岳館。2016年春、2016夏、2017春、そして2017年夏と、4大会連続の甲子園出場を果たしている。そんな秀岳館の全国での戦いぶり、卒業生を紹介する。
鍛治舎監督の就任で急成長。一躍全国の中心へ
2001年に秀岳館高等学校に校名を変更する以前は、八代第一という校名であった。その時代に、21世紀唯一の三冠王、松中 信彦選手(元ソフトバンク)や、少し前のプロ野球を見ていた人はご存知かもしれない、「松井 秀喜キラー」として名を馳せた左腕、遠山 奬志投手(元阪神)らをプロの世界に送っている。
2001年夏、2003年春に甲子園出場、その後も県内で有力校としてのポジションを確立していたものの、甲子園の舞台からは遠ざかっていた。そんなチームを一気に持ち上げる存在が現れる。鍛治舎 巧監督だ。
高校野球の解説や、大阪にある強豪少年野球チーム、「枚方ボーイズ」を率いた鍛治舎氏は、2014年の4月に秀岳館の監督に就任。その際、古巣の枚方ボーイズから鍛治舎氏を慕う多くの有望選手が、はるばる熊本にやってきた。その中には、鍛治舎氏が「大阪の強豪校に行ったほうがいい」と言ったにもかかわらず、秀岳館への道を選んだという選手もいるほどだという。
鍛治舎監督がやってきてから、秀岳館は練習環境や練習内容が大きく転換した(詳しくは野球部訪問へ。2016年訪問・2017年訪問)。チームはまさに急成長を遂げる。まさに鍛治舎監督の改革だった。
就任2年目、2015年秋の九州大会で優勝。これによって2016年春の甲子園に出場すると、2016年夏、2017年春、2017年夏と4回連続で甲子園の舞台に立った。全国的に見ても、これほどの成長曲線を描いたチームは他にないのではないだろうか。
鍛治舎監督就任から初めての甲子園となった2016年春選抜では、初戦に花咲徳栄の高橋 昂也(現・広島)を攻略し、勝利。ちなみにこの試合では両チームの2番手として当時1年生だった田浦 文丸、綱脇 慧が登板している。彼らはすでにこの時期から投手陣の中に名を連ねていた。秀岳館はその後、南陽工、木更津総合を破ってベスト4となった。
2016年夏も済々黌、熊本工、文徳、九州学院と強力なチームを破って県優勝。この時期のチームの3年生には、4番・捕手の九鬼 隆平(現・ソフトバンク)、2番・遊撃の松尾 大河(現・横浜DeNA)など、高校野球ファンらの印象に残る活躍を残した選手が多い。常葉菊川、いなべ総合、常総学院を破って夏の甲子園でもベスト4。2季連続の4強を達成した。
2017年春も選抜に登場。初戦に高田商を破り、前年夏優勝の作新学院を退け、準々決勝では、崖っぷちからまさかのトリック走塁でホームスチールを成功させ、再試合を勝利した健大高崎の「機動破壊」を封じて3季連続の4強となった。
そして記憶に新しい2017年夏の甲子園。組み合わせ抽選の結果、全国の高校野球ファンを驚かせ、大きな期待を与えた「死のグループ」に入った。初戦の横浜を6対4で破っても、次の相手は広島広陵という厳しい状況。2点ビハインドで迎えた9回表の守備、ピンチで迎えた中村 奨成。鍛治舎監督は敬遠のサインを送るも、選手たちは一流打者に真っ向勝負を挑み、とどめの3ランを被弾した。これが決定打になり敗戦となったが、死のグループらしい熱戦を演じた。
そしてこの大会をもって、鍛治舎監督は退任。その仕事ぶりはまさに「プロ経営者」といったところか。田浦 文丸、川端 健斗はU-18代表に選出され、プロ志望届を提出。彼らの実力でいけば、間違いなく声がかかると思われる。そして新チームは秋を迎え、熊本大会の準決勝で敗退。5季連続甲子園の夢は途絶えたものの、秀岳館がここで終わるとは到底思えない。鍛治舎監督が去った後も、熊本、そして全国の中心として輝き続けるだろう。
近年の卒業生
プロで活躍する選手も散見されるが、やはり全国区で知られている選手が多く誕生しているのは近年になってからだ。今年春に卒業した選手は、有名どころが勢ぞろい。また今年以降も多くのビッグネームが輩出されることになるだろう。
■1962年卒
・松中 信彦(新日鉄君津-ダイエー)
■2010年卒
・国吉 佑樹(横浜DeNA)
■2014年卒
・北之園 隆生(巨人)
■2015年卒
・藤吉 優(中日)
■2017年卒
・九鬼 隆平(福岡ソフトバンク)
・原田 拓実(JR西日本)
・松尾 大河(横浜DeNA)
・中井 雄亮(中部学院大)
・天本 昂佑(日本文理大)
・堀江 航平(JFE東日本)
・木村 勇次(横浜商科大)
・有村 大誠(立命館大)
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