Column

秀岳館高等学校(熊本)【前編】

2015.12.01

 今、全国的に注目度が上がっている秀岳館九州大会では圧倒的な戦いぶりで優勝を果たし、明治神宮大会出場を決めた。ここまで強くなった背景としては、2014年4月、枚方ボーイズで監督を務めていた名将・鍛治舎 巧監督が就任し、3年で日本一になるという目標を掲げ密度の濃い練習を築き上げてきたことにあった。

 そこで今回は鍛治舎監督に、重要視しているトレーニングの取り組みや目的について伺った。そこには、全国制覇を目指す学校はここまで徹底しているのかと思わせる内容が詰まっていた。

鍛治舎監督がトレーニングを重視する背景

選手たちに指示を送る鍛治舎監督(秀岳館高等学校)

 初戦敗退だったが、明治神宮大会で見せた秀岳館はとにかく「パワー」が強烈だった。投手はこの時期にもかかわらず、登板した3投手とも135キロ以上。そして打者もパワフルなスイングから強烈な打球を打ち返し、東邦藤嶋健人から9安打。藤嶋は「勝ちましたけど、スイングは鋭いですし、全国レベルの打線だと思いました」とコメントしていた。

 また率いる鍛治舎監督も、
「僕はNHKの高校野球解説を長年務めてきていて、ずっと甲子園で勝てるチームを見てきて、どのくらいのレベルが必要なのか?というのが分かっています。その基準で見ると今年の打線は全国レベルにあると言えるでしょう」
と打線レベルの高さを評価している。

 では、なぜこれほどの強打を作り上げることができたのか?その秘密を探るべく秀岳館高校に赴いた。

 鍛治舎監督がトレーニングに力を入れるようになったのは、監督が社会人の全日本代表のコーチなどを歴任していた時だったという。そこで衝撃を受けたのがキューバやアメリカの選手たちのパフォーマンス。ここでスピード、パワーのすごさを目の当たりにした鍛治舎監督は、
「とにかくフィジカルの差がすごいんです。そういう経験があったので、少年野球からスピードとパワーを付ける練習が必要だと思いました」

 世界に通用するパワーとスピードを身に付けるために、枚方ボーイズ時代はフィジカル強化に着手。ここのボーイズ出身者の選手はパワフルな選手が多かった。
そして秀岳館に就任した今でも、基本は枚方ボーイズとやっていることは同じだ。だがボーイズと高校とで違うのは、ほぼ毎日練習ができること。ボーイズは基本、土日しかできないが、高校はほぼ1週間できる。当然、練習量も違ってくる。

「もちろん、ここでは、バージョンアップしたものを取り入れていますよ」
では、そのバージョンアップしたメニューとは具体的にどんなものだろうか?

ポイント制ロングティー

 これは枚方ボーイズ時代から行っていたものだが、秀岳館のロングティーはただ打つだけではない。ポイント制を設け、漠然とせず、目標を持ってやらせる。ラインを引いて、80メートル飛ばしたら1ポイント、90メートル飛ばしたら3ポイント、100メートル飛ばしたら5ポイントと加算をしていく。そうすると、やっていくうちに自分の最高ポイントが分かってくる。ポイントが分かったところで、自分の最高ポイントの8割が合格ラインとなるよう設定される。常に遠くへ飛ばさなければならないということになるので、相当高いハードルである。

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[page_break:ポイント制ロングティー]

 さらに1キロの木製バットを打つ。体力がない選手にとっては振るだけでもかなりのパワーがいるが、これを10分間に100球を打たなければならない。ただ100本打つだけではなく、ポイント制となっているので、これをクリアできないともう1セットとなる。
最初は全く飛ばない打者がほとんどのようで、いきなり飛ばすことができたのは、枚方ボーイズ出身で、もともと長打力のあった正捕手・九鬼隆平や、投手兼二塁手の堀江 航平といったパワーのある選手たちだけだ。

 ただ、九鬼はそれなりに100球をこなせていたようだが、堀江は入学当初、50球ぐらいでかなりきつくなっていたと話してくれた。枚方ボーイズ出身でこのロングティー経験者の松尾 大河も、なかなかきつかったと振り返る。
「10分間で100回もフルスイングをしなければならないので、本当に苦しいです。100球近くになると本当にヘトヘトになりますし、マメも破けて手が痛くなります」

ティー打撃に取り組む選手たち(秀岳館高等学校)

 またこのロングティーと並行して、選手たちはグラウンド横の鳥かごというティーを打つ練習場で、3種類のティーを行う。これも竹バットで、低め、高めのコースをフルスイングするティー、一度スクワットをして、フルスイングをして打ち返すティー。コースを打ち返すのは各20スイング、スクワットは30スイングと計70スイングを1セットとして、シーズン中はこれを5セット、そして冬季練習期間中は7セットを行う。気づけば1000スイングは軽々と超える。

 秀岳館の打撃練習は重いバットをフルスイングする練習を数多く繰り返す。振る筋力をつけるのが目的だ。これが積み重ねられるようになると、体が小さい選手でも飛ばせるようになる。
「3か月~半年ぐらいのサイクルをこなせば、だんだん飛ばせるようになります」

と監督が語るように、なかなか飛びにくい木製バットで振る力をつけた後、金属に置き換えれば、今までより振りやすい。こうして、秀岳館の選手たちは次々と打球を飛ばすことができるようになる。

 入学時、小柄でパワーが弱かった選手もどんどん長打を打てるようになり、このロングティーを中心とした振り込みで、秀岳館の選手たちはこの3年間で変身を遂げるのだ。

トレーニング時期は週3回のウエイトトレーニングで徹底強化

 振る力ではなく、肉体的な強化も欠かさない。今では当たり前になったウエイトトレーニング。シーズン中は週1回だが、冬季練習が入る12月頃~3月にかけて、そして5月にも週3回のウエイトトレーニングを行う。5月に行うウエイトトレーニングは、肉体的な強化はもちろんだが、しっかりと追い込んで、7月にパフォーマンスを発揮できるための準備期間。熊本県は小さな大会、招待試合が多いが、それでもやるという。一年を通じて、ベンチプレス、スクワットなどトレーニングを行わない期間はほとんどないようだ。

 当然ながら中学時代、ここまでやってきた選手はいない。多くの選手が「本当にきついです」と語る。最初は筋肉痛ばかり。ショートを守る松尾は、
「中学時代、全くといっていいほどやっていなかったので、筋トレが終わった後だったり、翌日に筋肉痛が来ました」

 松尾はそれをどう乗り越えたのだろうか。
「でもそれを喜びにして、自分のためにやっていくんだという気持ちでやっていきました」

 すべて自分のためと思ってやってきた。肉体的な強化が目に見えて効果を発揮するのはすぐではない。松尾は「半年ぐらいはかかると思います。僕はそれをやってきて、パワーがついてきて、鋭いライナー性の打球が増えてきましたし、守備も一段とスピード感だったり、力強さがついてきました。僕は日本一の高校生ショートを目指してやっているので、もっと鍛え込んでいきたいと思います」としっかりと自分を追い込んでいる様子だった。

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[page_break:トレーニング時期は週3回のウエイトトレーニングで徹底強化]

トレーニングに取り組む選手たち(秀岳館高等学校)

 また入学当初から140キロを投げていて、一冬越えて2年春にはコンスタントに140キロ中盤を出すようになった堀江。かなりのエリートだが、堀江は中学時代からしっかりと冬のトレーニングを行う選手だった。球速アップの推移をみると、中学2年の時に初めて130キロを出し、中3の春は133キロ、中学3の夏に135キロ、中学3年最後の15Uで140キロを出したように順調にステップアップした。その堀江にトレーニングについて伺うと、

「僕は中学の時から走り込んだり、しっかりとトレーニングをしていて速くなったので、トレーニングは大事だと感じています。やっぱり僕の様に球速が速くなったなどの成功体験をすると、トレーニングはやらされるのではなく、やるものだと思って取り組めると思います。まだそれを実感したことがない選手は、とにかく自分は生まれ変わるんだという気持ちで取り組んでほしいですね」

 また堀江は次のような一面を見せたこともあったという。
「ある日、投手が長距離をやっていた日があったのですが、ある程度のメニューが終わると、堀江の姿がないんです。すると階段の往復ダッシュを繰り返してやっていたんですよね。話を聞くと『まだ下半身が弱いから』と言うんです」

自発的に取り組める。それは指導者からすれば嬉しい姿勢だろう。

 また秀岳館は闇雲にトレーニングをしないように、年3回、測定を行っている。測定はベンチプレス、スクワットなどの重いものを持ちあげる数値だけではなく、柔軟性、跳躍力、スイングスピードなど野球にかかわる数値をもろもろ測定する。その結果、自分にはどんな数値が足りないのかがはっきりする。そうして効率的なフィジカルトレーニングができる手助けをしている。

 ただ、この測定を有益なものにするかは、選手がその課題を把握して、しっかりと取り組めるかが重要になる。
指導者はヒントは与える。だが追い込むのは自分次第ということだ。

 フィジカルのトレーニングを徹底的に行う秀岳館。こうした徹底が、わずか2年間で全国的にもハイレベルな打線を築き上げる要因になったと言えるだろう。後編では鍛治舎監督が大事にする食育や、秀岳館のトレーニングで伸びていった選手を紹介したい。

(取材・文=河嶋 宗一


注目記事
・【12月特集】冬のトレーニングで生まれ変わる

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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