Column

県立今治西高等学校(愛媛)

2015.11.27

「心と身体を同時に鍛える」ランメニュー

 今年の連続甲子園出場を含め、この10年間で春6回・夏5回の甲子園出場を果たしている愛媛県立今治西高等学校野球部。夏の愛媛大会秋の四国大会に集約される無尽蔵のスタミナと勝負強さは、他校を常に凌駕するものがある。では、その原動力はどこにあるのか?今回は彼らの強さを支える「心と身体を同時に鍛える」ランメニューに迫った。

今治西「壮絶なランメニュー」復活

サーキットトレーニングに挑む今治西の選手たち

「お前ら、いつ鍛えるんぞ?弱いチームを!冬に鍛えないと、いつやるんぞ!今練習をやらずにいつやるんぞ?」

 本来は朝を中心に行う1時間のグラウンド再整備を終え、すっかり日が暮れた18時過ぎ。今治西グラウンドの一塁側ベンチコンクリートに大野 康哉監督から選手たちへの問いかけが響く。

 この秋、今治西愛媛県大会で2年連続17度目の優勝を果たすも、一昨年優勝昨年準優勝に続き、3年連続のセンバツ切符を引き寄せるべく臨んだ秋季四国大会では高松商(香川)に対し8回裏に逆転グランドスラムを浴び、まさかの初戦敗退。

「リードしているときは『お前ら最後まで守りに入るなよ』と集めて言っといて、ホームランを叩き込まれて逆転された途端、『初球から行け』と言っているのに、1回もバットを振らずに帰ってきた。そんな奴をいつ鍛えるんぞ!」

 センバツ切符が大きく遠ざかった一因「真の粘り強さ、丁寧さ」の欠如を指揮官の一言一言は容赦なくえぐり出していく。

 選手全員がグラウンドに深々と一礼し、アップが始まった。内野部分の周囲を全員で回る。いや、違う。全員で回っていない。1周1分が基本の右回り5周、左回り5周のペース走は、前の選手を背後の選手は必死の形相で抜きに行き、終わった選手はその場で自重を使ったトレーニング。
「自分で限界を決めている!次のことを考えない」少しでもペースが緩むとトランジスタメガホンを手にした大野監督から檄が飛ぶ。これはアップではない。すでに限界に挑戦する「練習、競争」である。

 続いてのメニューは通称「巨人の星」。選手たちは2人1組になって、四つのスペースを利用し、大声を出しながら約30分間の手押し、おんぶ、抱っこ、肩車、ムカデなどでひたすらに走り、飛び、抱え、担ぎ、這う。杉内 洸貴ら大学で野球を続けるため、練習に参加中の3年生選手たちも苦悶の表情を浮かべてこう次々に話す。「これは3年間ではじめてです」

 センバツ出場が濃厚だった過去2年間は技術練習が増える一方で、ランや体力作りメニューの量が減少していた今治西。よってこれらの「壮絶なランメニュー」は3年ぶりの復活となっている。

 昨今のいわゆる科学的トレーニングと真逆にも見えるこれらのメニュー。しかしながら、その裏には大野監督いわく「平日は授業があるため17時からでないと練習がスタートできないし、プレーが完成されていない高校球児の場合、部員全員が入れる雨天練習場もない環境では、ボールを使う練習をできるときに入れたい」公立校ならではの環境。さらに「甲子園で力を出せていない今の課題はあるが、四国大会などでウチはめいっぱい力を出し、本番の強さで勝負できている。強い方が勝つのではなく、勝った方が強いところに勝機を求めている」チームスタイルと関連した狙いがある。

 そこで「巨人の星」を終えた後の休憩中、大野監督に「今治西流ランメニュー」を組んでいる真意をさらに聴いてみた。

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[page_break:チームでハードルを越えるための「心と身体の一体化」]

チームでハードルを越えるための「心と身体の一体化」

インターバル走で走る今治西の選手たち

「魔法のトレーニングはないです。いかに選手たちに興味付けをさせて、手を変えたりして、どこまで限界に挑戦するかが大事なんです。ですから選手によく言うのは、『冬のトレーニングは心の器崩し・心のスタミナ作り』ということ。ウチは技術練習・体力トレーニング・メンタルトレーニングを分けるのではなく、体のスタミナと同時に心のスタミナを一体となって付ける。『心と身体の一体化』、心も体も汗をかくことを目指しているんです。
だから、選手たちが自分の限界をいかに突き破ることができるかが冬の練習では大事になってくるし、ここが教えられるかが指導者の勝負どころだと思っています」

 ウエイトトレーニングを全否定しているわけではない。むしろ夏を終えた3年生たちには「技術が完成された大学生以上だと、やはり筋力がないと、それ以上レベルは上がらない」と、むしろウエイトトレーニングを推奨している。

 しかしながら現役選手たちに対し先に記した環境下で優先順位を考えた際、心技体の「心」と「体」を同時に鍛えなければ、技術を教える時間が算出できない。その結論がこの「ランメニュー」というわけだ。

 もちろん、練習を通じての最大効果を出し、かつけがをしないように各メニューの方法や休み方や、握力が減少したときの落とし方も、指揮官は事前に選手たちへ伝授済み。そしてランメニューとサーキットメニュー・体幹メニューは組み合わせの中で行われる。

 また、選手たちに同じ量は求めない。休憩後、インターバル走の前に組まれた様々な体幹トレーニングでも随所に指揮官の意図が見えた。
腹筋であれば120秒で100回からはじめ、50秒50回、30秒30回、最後は60秒30回。この種目が得意であれば難なくこなせる数である。しかし、大野監督はあえて何回やったかは確認しないふりを見せ、ペナルティーは競争を促すためのリレー以外は課さない。

「120秒で120回できるなら、そこまでやらないといけない」。指揮官は上位グループにはノルマ以上を暗に求め、その様子を観察している。冬季の週末に好んで行う10kmから28kmまで4種類ほどある ロード走での姿勢も同様である。

「自分の得意分野なら、1秒でも速く走って、後ろの奴を引っ張って1秒でも速くゴールさせてやる。それが得意な奴のやることだぞ。野球も同じ。自分だけペナルティーを受けないからOKで周りを引っ張れない奴が、劣勢の時に引っ張れないと全員『甲子園に出られない』ペナルティーを受けるんだぞ」

 体幹トレーニング後、3班に分かれて1周約200m・1分30秒をリミットとするインターバル走直前にも、指揮官は再び自分の闘いに勝ち、殻を破ることを選手たちに求めた。

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[page_break:指揮官が「もういっちょ!」に怒った理由]

指揮官が「もういっちょ!」に怒った理由

大野 康哉監督から苦手種目をやり切ることの大切さを説かれる今治西の選手たち

 1班あたり8本のインターバル走では、泣きそうな顔で走り続ける選手たちの中で、1人だけ1分25秒前後で悠々と走りきる俊足選手がいた。
そして8本目を終えた選手たちが肩で息をする中、「もう1本やるか?」と大野監督は聴く。その俊足選手は即座に答えた「よっしゃ、もういっちょ!」

 すぐに大野監督は反応する。その俊足選手に対して烈火のごとく怒った。
「だったら、あと2秒ずつタイムを縮めてゴールしてこい。お前は体幹メニューが遅れているのに、自分の得意分野だけ『もういっちょ!』と言っているのはおかしい。だったら、体幹メニューの後に『もういっちょ!』と言え!」

 限界を超えて、みんなで個々の短所を補いにいく。長所のあるものはさらに伸ばし、チーム力を引き上げながら闘う。それが高校野球最大の醍醐味であり高校野球最大の魅力。「俺はいい人じゃない。都合のよくない人だし、夢の実現を支える人」と言い切る大野監督によるこの叱責こそが、愛媛県立今治西高等学校野球部のイズムそのものなのだ。

「一発勝負となる夏の大会で圧倒的にいくにはこの冬の時期、指導者が主体になってやらないといけない。その上で選手たちが限界を突き破らないと力を出し切れないまま終わってしまう。ウチはその部分では、勝っても負けても出し切っていると思いますよ。
全国でそこを突き破れていない事実はありますけどね」

 最後は1年生大会中の1年生には素振り、2年生には「グラウンド整備」と称する内野部分でのタイヤ押しを課した後、改めてランメニューの意義について語った大野監督。しかしながらそれらの意図が理解しきれていない現状下で、現役選手に話を聴くのは酷である。よってあえて練習の感想を聴くことは避け、筆者は21時過ぎ、ナイター照明の消えた今治西高校を後にした。

 答えを求めるのは「心と身体を同時に鍛える」ランメニューを理解し、形となって現れるであろう2016年春でも遅くない。その時に彼らがどんな人間的成長を見せるのか。その成長度合いが今治西の、そして「打倒・今治西」を目指す愛媛県野球の成長をも決めていくことだろう。

(取材・文=寺下 友徳

今治西のインターバル走の様子を、動画で紹介!

 最後に、今治西の選手たちがインターバル走を行っている様子を紹介します。


注目記事
・【11月特集】オフシーズンに取り組むランメニュー

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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