駒澤大学附属苫小牧高等学校(北海道)【後編】
当時、甲子園一勝にかける思いがなぜそこまで強かったのか。話は前年の2003年夏、佐々木 孝介監督が2年生の時に出場した甲子園にさかのぼる。
忘れられない監督の涙
インタビューに答える佐々木 孝介監督(駒澤大学附属苫小牧高等学校)
甲子園初勝利がかかった倉敷工戦、降雨ノーゲーム再試合の末に初戦敗退した。ノーゲームになった試合は4回途中で8点リードしていただけに後味の悪さが残った。敗戦後、当時の香田 誉士史監督が泣いて選手に謝ったという。
「あの涙を見て、香田監督がやることすべては甲子園で勝つためにやっていたんだとわかりました。もっと早く気付きたかった」
と佐々木監督は振り返る。残った選手たちは「来年こそ絶対に甲子園初勝利」と誓った。その一勝のために、1年間常に自分たちにプレッシャーをかけ続け、厳しい練習を乗り越え、2004年夏の甲子園に乗り込んでいたのだ。
57年ぶりに夏の甲子園2連覇した翌2005年も甲子園準優勝した2006年も、プレッシャーからの解放が快進撃の要因になった。
「優勝旗をみんなで返しに行こうということが目標でした。だから、予選が一番きつかったです。甲子園では連覇なんてできるわけないと思っていました。プレッシャーは全くなくて、解き放たれた状態でした」
と茶木 圭介部長(37)は話す。誤解してはいけないのは、重圧さえなくなれば、勝てるというものではないということだ。当時のメンバーは強烈な負けず嫌い集団。
「なんとなく北海道のチームはバカにされている雰囲気があったので、絶対に負けなくないという気持ちになっていきました」
と佐々木監督は明かす。勝ち上がるベースとなる体力、技術に加えて、モチベーションを含めた選手のメンタル面がいかに重要な要素であるかがよくわかる。
この夏、佐々木監督は練習で選手にストレスをかけながら、支部予選開幕前日の28日には野球から離れたレクリエーションを計画している。野球部の伝統行事で、今年はパークゴルフと温泉、バーベキューでリラックスさせる。「夏前に一気にストレスを抜きます」というメンタル面の総仕上げ。重圧と解放をうまくコントロールながら、夏に挑む。
初めての夏へ
佐々木監督の話を真剣に聞く駒澤大学附属苫小牧高等学校ナイン
夏に強い駒大苫小牧という意識を佐々木 孝介監督自身は持っていない。監督になってまだ一度も夏の甲子園に出場していないからだ。監督に就任して5回経験した夏は、南北海道大会決勝で2回惜敗。
「夏に対する意識は今年が一番強いです。今年は監督として勝つことにこだわると選手にも話しています」と力を込める。
駒大卒業後、22歳で母校に戻り、09年秋に監督就任した時には、甲子園どころではなかった。監督として初めて練習に行った日、来客用の部室で部員が練習をさぼって寝ていた光景を見て愕然とした。2007年夏を最後に甲子園から遠ざかると、選手は思うように集まらず、2011年夏は3年生が5人しかいないという状況だった。
「これは何とかしなきゃいかんと。勝利への執念が薄かったので、5年間でもう一度戻して、甲子園に出なきゃいけないと思いました。最初は、春でも夏でも、とにかく甲子園という思いでした」と佐々木監督は振り返る。
その言葉通り、5年目の13年秋に北海道大会を制して(試合レポート)、昨年春のセンバツに出場した。初戦で創成館に完封勝ちし、2回戦で履正社には惜しくもサヨナラ負け。
だが、春夏連続甲子園を狙った夏は、まさかの南北海道大会2回戦敗退だった。
「春にピークを持っていった結果、北海道に戻ってきてからチーム状態が上がらなかったんです」と、連続出場の難しさを思い知らされた。春から夏にかけて3年生が伸び悩む中、当時2年生エースだった伊藤 大海に負担がかかり、伊藤は夏の大会後に右肘を疲労骨折してしまった。
そんな苦い経験から、今年は春先からの調整方法を変えた。
「春先は去年みたいに焦らず、ゆっくりやって、けがをしないことを一番に考えました」と佐々木監督は説明する。
3月の鹿児島合宿は例年よりも長い10泊11日の日程。最初の4日間は練習のみ、間に休養日を1日挟んで後半4日間だけ練習試合を組んだ。おかげで大きなけが人もなく、チーム作りは順調だ。
エース・伊藤に続く2年生投手トリオ 左から阿部光輝 、阿部陽登、松林憲吾(駒澤大学附属苫小牧高等学校)
春季大会は、夏に備えて明確な目標を設定していた。昨年春のセンバツ出場時のエースでクリーンアップを打ち、主将も務める伊藤 大海の負担軽減だ。
とくに2年生投手トリオがどれだけ自立できるかポイント。準決勝の白樺学園戦で公式戦初先発して6回途中1失点と好投した松林 憲吾が光った。決勝の北海戦は阿部 光輝と阿部 陽登が序盤に失点して5対14で敗れたが、道大会決勝でマウンドに上がった2年生トリオの経験はこの夏必ず生きるはずだ。
この決勝戦、当初登板予定のなかったエースの伊藤がマウンドに立った6回以降は盛り返した。
「今から1回のつもりでやろう。後半戦は絶対勝とうな」という佐々木監督のゲキに応え、6回から9回までのスコアだけ見れば4対0だった。
28歳の青年監督が手応え十分で臨む今年の夏。
「まだまだ勉強の身ですが、勝負事は負けたくない。選手の人生を預かっているのに遠慮はできないですから」
自身が18歳で経験したあの熱い夏を今度は選手たちに思う存分味わってもらう。
(取材/文=石川 加奈子)