奈良大学附属高等学校(奈良)【前編】
投打に注目選手を擁する奈良大附属、これまで何度も秋の近畿ベスト8や夏の決勝に進みながら甲子園には後一歩届かなかったが、学校創立90周年の年に初めて聖地への切符を手に入れた。
自ら考えて自らしっかり行動出来る人間に。強いチームよりも良いチームを目指す
田中 一訓監督(奈良大学附属高等学校)
「夏から出ていた坂口、池田、前田の3人がいたのでチームとして形は出来るかなというのはありました」
ほとんどの選手がAチームの試合に出るのは初めてという状況の中、選抜大会でも注目度の高い本格派右腕・坂口 大誠(2年)と前任校から合わせれば15年以上に及ぶ指導歴の中で、一番良いと太鼓判を押す打の中心・奈良大附池田陵太(2年)、二遊間をこなせて意外性としぶとさもある前田 勇大(2年)、軸となるセンターラインの選手が旧チームから残ったことで田中監督は手応えを感じていた。
田中監督の考えには「高校球児の前に高校生。学業をしっかりすること」という前提がある。
赤点を取ったらペナルティラン、などの罰則は無いが、テスト成績の上位者と下位者はみんなの前で発表し刺激を与える。点数の良い選手は生活態度やプレーもきっちりしていることが多く、中には「俺は試合出てるから点数悪くてもいいわ」という選手がいることも事実だが、そのような選手は学年が上がるごとに減っていく。
指導方針とチームの進んでいる方向が合致している証拠だろう。
「強いチームよりも良いチームを作る。自ら考えて自らしっかり行動出来る人間になる」
これが田中監督の目指すところ。この日、練習中に腰痛を訴えたショートのレギュラー・松下 侑平(2年)は打撃練習でマシンのボール入れ役を買って出た。激しい動きが無いとはいえ、立ちっぱなしの姿勢は腰に負担がかかる。それでも自分がフルメニューの練習をこなせない中で、何かチームに役立てることは無いか。誰に言われることもなくそれを探した結果だった。
そして、練習後のミーティングで田中監督は松下のことを褒めた。
「新チームになったばかりの頃はミスも多くてレギュラー取れるかなぁと思っていたのが、今ではノックを打っていて一番動きが良い」
その理由は低く構えた姿勢を保つようにと意識したことに加えて、自分がノックの順番待ちをしている時も旧チームからレギュラーの前田の動きを見てグローブの出し方を盗んだから。これこそが田中監督が選手に求める自主性。
今は雑誌やインターネットで探せば全国どこにいても最先端の情報が手に入る時代。アクセスが簡単になったからこそ心がけ一つが大きな違いを生む。練習中も監督と選手という上下の関係ではなく、まるでチームメイトのような雰囲気で選手と接していた田中監督。それでも、全員でグラウンド整備をしている時、ベンチ前付近で手持ち無沙汰にしている数人の姿が目に入った時などは、もちろん見過ごさない。そんな田中監督への選手の信頼がとても厚いことが見て取れる。
粘って辛抱してつかんだ選抜切符
主将・池田 陵太選手(奈良大学附属高等学校)
平成26年度秋季近畿地区高等学校野球大会 準決勝 立命館宇治戦より
そんな奈良大附属の選手の自主性は外野のポジショニングとなって実際の試合でも表れた。近畿大会初戦、京都鳥羽(京都3位)の攻撃で左打者が打席に入ると奈良大附属の外野陣はレフトはライン際へ、センターは左中間へ、ライトは右中間に寄る。
これは田中監督の指示ではなく坂口のピッチングスタイルを見て選手が考えて動いたもの。また、池田陵は本来外野手だがこの大会ではファーストの守備に就いた。これは坂口が田中監督に「ファーストに池田を置いて下さい」と直訴したのだ。マウンド上で気持ちを全面に押し出す長所がある反面、カリカリする一面もあり、そういう時に池田陵が近くにいると落ち着けるという。
池田陵も坂口のことを「野球観が合って真剣な話も出来る」と互いに信頼している。相手の好守備と坂口のベストピッチと呼べる好投で0対0のまま進んだ京都鳥羽との試合はその頼れる主将・池田陵が一振りで決めた。
延長目前の9回、二死二塁の場面で「お前が決めて来い」と送り出されると、バックスクリーン右に決勝のツーランを放つ。その裏は坂口が京都鳥羽の上位打線を3人で締めて初戦を突破した。
続く箕島(和歌山1位)との試合(試合レポート)も前半は両軍無得点の緊迫した展開が続いた。選抜出場を賭けた大一番は後半に試合が動き6回に2点を先制されるが7回に同点とする。
「2点を先制されてこれ以上点をやれない中、坂口が粘り強く投げてその坂口のタイムリーと髙橋 康太朗(2年)のスクイズで同点に追いつけたので流れあるなと。坂口が失点はしましたけどそれ以上点数取られる気配が無かったので、次のチャンスで決めなあかんなと思ってました」
追う者の強みを味方につけた田中監督の読みは初戦に続いて最終回に現実のものとなる。9回表の守備では三遊間の難しい位置に飛んだ打球が途中でバウンドが変わりショートの正面に。裏の攻撃では二死から1番・加藤 和希(1年)の放った打球がサード前で大きく弾んだことが幸いしレフト前ヒットに。1点を争う終盤にラッキーが2つ続いたことで奈良大附属ベンチは確かな流れを感じていた。
すると二死一塁で、「ツーアウトだったので初球に甘い球が来たら行こう、とだけ決めて打席に入りました」という前田がレフトオーバーのサヨナラタイムリーツーベースヒットを放つ。
コースを絞っていたわけでも無く、ストレートを待っていたのに打ったのはスライダーだから狙い球が当たったわけでも無い。ただストレートのタイミングで早めにバットを出した分、打つポイントが前になり打球はグングン伸びてレフトの頭上を越えた。ヒーローは殊勲の一打を「あんまり覚えてないです」と話していたがこの瞬間、奈良大附属にとって初の甲子園出場に当確ランプが灯ったのだった。
ここまで選抜出場するまでの過程を振り返っていきました。次は選抜出場後、奈良大付は選抜までどんな過ごし方を送っているかについて迫ります。
(文・小中 翔太)