花咲徳栄高等学校(埼玉)
東武伊勢崎線の花崎駅を下車して、10分ほど歩くと、400mトラックを有する陸上競技場([stadium]佐藤照子メモリアルスタジアム[/stadium])が目に入り、その向こうには広大な花咲徳栄キャンパスがある。「1部活1施設」がモットーとなっているだけあって、活動の盛んな各運動部だが、それぞれが独自の施設を持っているのが特徴だ。
その花咲徳栄野球部、昨秋も県大会優勝を果たしながら、関東大会は初戦敗退。春と夏は、まさかの初戦敗退。気持ちを切り替えて、いち早く新チームがスタートを切って約2カ月、秋季大会前に訪ねた。
03年春、延長15回引き分け再試合でその名は全国区に
レフト後方に見えるのが「徳栄ドーム」(花咲徳栄高等学校)
2001(平成13)年夏の甲子園初出場以来、5回(春3回、夏2回)甲子園出場という実績を誇る花咲徳栄。もちろん、他の部にも負けないだけの充実した施設を誇っている。
ネット裏には2階席まで設けてある「徳栄スタジアム」と称せられている専用球場はもちろん、外野のレフト後方には「徳栄ドーム」と呼ばれている室内練習場もある。
もっとも、20m×50mという長方形で人工芝が敷き詰められているというものなのだが、雨でグラウンドが使用出来ない時でも、打ちこみなどは十分に出来るようにはなっている。
ちなみに、その後方にソフトボール部とは別に、女子硬式野球部のグラウンドもある。さらには、アメリカンフットボール部やサッカー部なども、それぞれのグラウンドを有している。
これらに見られるように、県内でも有数の恵まれた施設であるということは自他共に認めるところであろう。
花咲徳栄の名前が全国に知れ渡ったのは、2003(平成15)年春の選抜だった。緒戦で秀岳館に延長13回にサヨナラ勝ちすると、続く3回戦ではあのダルビッシュ 有投手のいた東北に対して、打撃戦に持ち込んで10対9とまたもサヨナラ勝ち。
そして、準々決勝では東洋大姫路と延長15回引き分け再試合となった。再戦も延長となり10回に敗れ去ったものの、その戦いぶりは高く評価された。
その立役者でもあった福本 真史投手が、明治大を経て社会人のTDKで2年間プレーした後、5年前からコーチとして岩井 隆監督をサポートしている。
総合力を上げていくことで関東制覇を目指す
常に練習を見つめながら話す岩井監督
それだけに岩井監督も、「特に、何も言うことはなく、普通の練習のように淡々と始まりました」と、言うように、新チームの練習はまるで、普通の日々の練習の継続でもあるかのようにスタートしたのだった。
しかし、その段階から目標はしっかりと掲げている。
「目標は、秋の関東大会出場じゃないんです。関東大会で優勝することなんです」
岩井監督もはっきりと言い切る。
関東で勝てるチームを目指していかなくては、本当に強いチームは作り上げていかれないという考え方である。そして、そのためには打撃型とか、守備型というチーム作りではなくて、総合力でバランスのいいチームを目指していかなくてはいけないのだ。
「守備というのは、比較的早く仕上がっていきますから、どうしても秋は守備がしっかりしていれば、ある程度は勝てるチームになるという考え方はあるかもしれません。だけど、本当に勝つためには総合力を身につけていかなくてはいけません」
これが、岩井監督の考え方である。
そのことは、選手たちも十分に承知している。新チームが出来てすぐに、岩井監督と3年生たちから、新主将として指名された米澤 恭稀君も十分に承知している。
「関東大会優勝という目標を持って、それでスタートしています。自分たちにとってもこの秋は、人生一度しか出来ないことですから…。今は、どれだけ厳しいことを言われても、自分たちの夢をかなえていくためには、岩井監督についてかなくてはいけないという思いは強いです」
と力強く語っていた。
新キャプテンの思い
米澤 恭稀主将(花咲徳栄高等学校)
米澤君自身は、旧チームからのレギュラーではない。それでも、主将として指名されたことを意気に感じている。
「自分としては、まだまだ、厳しく言い切れないところもあるかもしれませんが、楽しいだけではダメだと思っています。厳しい中から、チームとしても高い要求に応えられていくのだと思っていますから、チーム全員で勝っていくことを目指せるように自分自身にも、仲間たちにも厳しくしていきたいと思っています」
主将という立場を与えられたことで、意識はさらに高くなっていったのである。
そのためには、「言われたことだけをやるのではなく、自分たちから『こうしていきたい』ということを積極的に言って行けるようにならなければいけない」とも言う。
このことは、そのまま岩井監督の考え方にもつながっている。
「一人ひとりがコーチのつもりで、バッティング練習にしても、チームの方針と違うことをしていたら、(打ったとか打たないという)結果がどうこうではなくて、そのことはきちんと指摘していかなくてはいけない。そうやって、コーチが必要ないくらいにチームの中で選手個々が自立して言い合っていかないといけないんです」
実は、このあたりが花咲徳栄のチームの伝統にもなりつつある特徴といってもいいものなのである。
部員数は1年生40人、2年生50人と大所帯だが、地域でも、図抜けてすぐれた選手が入部してくるという環境ではない。また、選手を選りすぐって選択して勧誘しているというシステムでもない。
それよりも、希望者は全員受け入れるという体制である。それに、学校としても、選手たちも全員6時間授業をきっちりこなして、その後のHRも出て、それからの練習参加ということになるので、現実には午後4時15分過ぎくらいからの練習開始ということになる。
花咲徳栄は、全体的には部活動も活発なので、スポーツの盛んな学校というイメージはあるものの、同系列校の埼玉栄に比べると、その条件はかなり厳しくなっている。
[page_break:若月健矢がここで成長した理由]若月健矢(オリックス)がここで成長した理由
キャッチボールは入念に行う(花咲徳栄高等学校)
「若月が伸びたのは、2年の秋の大会が終わってからでしたよ。実際、最初は使い物になるのか…、というくらいに(球がバットに)当たらない選手でしたからね」
それが、日々の練習で一つひとつのチームとしての課題をこなしていくうちに、開花していったということなのである。
つまり、練習の中から自分で気づきが出来て、それで成長していかれるかどうかということ、それが大きな要素でもあるという。そういう意識で練習に取り組んでいるのかいないのか、そのことによって、2年半の蓄積が違ってくるということなのである。
花咲徳栄の場合は、メンバーを大きくA(一軍)とB(二軍)に分けている。Aがおおよそ35~40人くらいだが、固定したものではなく、常に入れ替えていくという方針だ。しかも、いついつに替えるというのではなくて、日々の練習の中から随時行っていく。そうした中から、競争も芽生えてくるのだ。
また、練習内容も量も、AとBとでは違いが出てくるのは当然のことだ。もちろん、Aの方が実戦に即した練習ということになっていくのだが、「その練習に参加したかったら、個々が空いている時間を無駄にしないで自分自身を磨いていく努力をしなさい」ということなのである。
つまり、時間を有効に使って努力していくことで、Bだった選手も、上に上がって認められるようになっていくチャンスは、いくらでもあるということになるのだ。
岩井監督のチーム作りの条件では、特に足のある選手に対しての評価は高い。
「足のある選手はやはり、好きですね。攻撃の幅も広がりますからね」
チームの方向性としても、欠かせないことだという。
この秋注目の選手たち
大瀧 愛斗君(花咲徳栄高等学校)
旧チームから試合に出ていた大瀧 愛斗君と里見 治紀君も、そういうタイプの選手である。50m走が6秒2という大瀧君は、「自分は、早くから試合に出させてもらっていましたから、今のチームでは、その経験を生かしてチームを引っ張っていかなくてはいけないと思っています。自分自身のセールスポイントは足だと思っていますが、ベースランニングだけではなく、守備でも生かしていきたいと思っています」
と、自信をもって語っている。攻守の核として、岩井監督からの期待も高い選手である。
また、里見君も177cm72kgと、大瀧君と同様にバランスのとれた体で、岩井監督からも「経験を生かしてチームを引っ張っていく存在になってくれ」と、期待されている。自分自身の意識も高い。
「夏は、ああいう形(初戦敗退)で終わってしまいましたが、切り替えは出来ていると思います。試合経験がありますので、気持ちの面でも、自分が引っ張っていかなくては…、と思っています。技術的には、打撃では外のボールを踏み込んでしっかりと打っていくということをテーマとしています。
思いを語る里見 治紀君(花咲徳栄高等学校)
精神的には、自分たちの気持ちを下げないように、ミスや悪い流れになってきたときでも、『ナニクソ』という気持ちを持って向かっていかれるようにしています」
毎日の練習の中で、岩井監督や福本コーチから高い課題を要求されて、それを克服していくことで、自分自身も上がっていかれるし、自分が上がっていけば、チーム全体も上がっていくのだという思いである。
練習メニューも曜日によって固定していくというスタイルではなく、状況によって、その日に岩井監督が決めるというケースが多い。その分、選手たちは自分で調整して、どのようなメニューであっても対処していかれるようにしておかなくてはいけないのだ。
投手陣に関しても、特にこの時期は、公式戦の日程を見て、自分たちの責任において、どういう調整をしていくのか、それを考えて、岩井監督に伝えていくというやり方である。
「野球を教えるということは、もちろん技術もあるのでしょうけれども、それ以上に野球に対しての考え方を教えていきますね。だから、どうして打てたのか、どうして凡打になったのか、それを考えさせます。たまたま打てたヤツは二度は打てません。だから、結果ではなくて内容を、やかましく言うようにしています」
こうして、花咲徳栄というチーム全体の考え方の質が向上していくのだ。それが、より広く選手たちに浸透していった時に、甲子園出場という結果がもたらされてくるのである。この秋は、その手ごたえがありそうな気配である。
(取材・文/手束 仁)