奈良vs吉野
10人の部員で挑んだ夏
高校球児の多くがそうであるようなスタイルを吉野は敷いていない。
10人の部員は多くが後ろ髪をなびかせ、イマドキの高校球児と言うより、イマドキの高校生というスタイルだ。ルーキーズと言えば聞こえはいいが、現実的には部員不足。ドラマのようなサクセスストーリーからは程遠い。
「いろんな環境の子もいますので、そのなかででも、一生懸命やっている。そんな姿を見ていただければ」
吉野・雀部尚也監督はそう語る。
普段は7人で練習。効率も悪い。
「何が大変って、何もかもやらなアカン。整備はもちろんやし、ノックを受けるのも…練習からして大変っす」と2年生で4番を打つ高野は苦悩を語っている。
それだけではない。
先の見えない中での練習でモチベーションは保つのも難しい。
雀部監督は言う。
「秋から冬にかけては、いつも不安になります。走りこみをしたり、いつもより厳しい練習をするわけですけど、それをやった先に試合ができるかどうかと考えると、不安がある」
一般的に、高校球児には「甲子園」という目標がある。それが普段のシーズン中ならば、 1週間に一度の練習試合である。そこを目標に 1週間、また1週間と積み重ねて、成長をしていくものだ。
だが、彼らにはそうした目に見えるも目標がないのだ。
ないというのは言いすぎかもしれないが、一般の高校球児より極めて少なくて薄い。
試合は1回表に、幸先良く先制した。 2番・豊永がレフト前ヒットで出塁、犠打で送ると、4番・高野がセンター前へ落としたのである。高野は「ホームランしか狙ってへんかったんですけど、カーブばっかり投げてきたんで、なんとか打てた」と笑った。
だが、その後は昨夏ベスト4の奈良の前に、力で圧倒された。公式戦の少なさから、その差は歴然。先発左腕・福田が制球を乱し、守備陣も大きく崩れていった。 12四死球でチームの失策は 7個。1対14の 5回コールド、試合はあっけなかった。
とはいえ、大差は付いたが、吉野ナインには彼らなりの高校野球があったように思う。
この試合で引退する主将・家興の、晴れ晴れとした言葉がそれを物語る。
「試合はむちゃくちゃ緊張したけど、むちゃくちゃ楽しかった。野球は面白いなと思いました。野球部を辞めようと思った時も何度かありましたけど、やってて良かったです。諦めないことが大事だということを学びました」。
技術は到底上手といえるレベルじゃない。
しかし、彼らも高校球児、それぞれに想いはあったのだ。
「3年生は部員が 3人しかいない中で、苦しかったと思いますが、よくここまで頑張ってやってきてくれたと思います。100人ほど部員がいて、甲子園を目指すのが高校野球ですけど、少ない部員数でも、一生懸命やるのも高校野球だと思います。部員が少なくて、それぞれ色々な事情がある中で、一生懸命やっている彼らの姿を見てほしい。これからも、また苦しい日々が続きますが、残ったメンバーには泣いている子もいましたし、この悔しい気持ちを次に生かしていきたい」
新チームからはまた部員が足らない。
苦しい日々は続くが「もう、こんな試合は二度としたくない。圧倒的な攻撃力を付けて、来年は勝ちたい」。
高野の涙と共に、また新たな1年が始まる。
(文=氏原英明)