過度なストレッチはケガのもと
こんにちは、アスレティックトレーナーの西村典子です。
三月に開催される選抜高校野球大会は出場校が決定しましたね。出場が決まったチームの選手、関係者の皆さま、おめでとうございます。来たるべき日に備え、ケガには気をつけて心身の準備をしてくださいね。そして春のシーズンに向けて日々練習に励む皆さんにとっても、大いなる刺激を受けたことと思います。憧れの場所でプレーできることを目標に、これからもコツコツと前進していきましょう。
さて、前置きが長くなりましたが、今回のセルフコンディショニングコラムは「過度なストレッチはケガのもと」という内容でお話をしたいと思います。体の柔軟性を高めることはケガの予防につながりますが、一方で無理に伸ばそうとするあまりケガをしてしまうこともあります。ストレッチの注意点などについて確認しておきましょう。
静的ストレッチの注意点
内転筋群を過度に伸ばすと肉離れを起こしやすいので注意しよう
ストレッチは大きく二つに分けることができます。一つは関節を動かしながら伸ばすダイナミックストレッチ(動的ストレッチ)、もう一つは関節の動きを伴わないスタティックストレッチ(静的ストレッチ)です。一般的には、ウォームアップ時には静的ストレッチと動的ストレッチの併用、クールダウン時には静的ストレッチをメインに行うことが多いようです。静的ストレッチの方が、動的ストレッチよりも安全に実施することができると言われていますが、ストレッチを行うときの注意点を守らないと、かえってケガをすることがあるので気をつけましょう。静的ストレッチを行う際の注意点を確認しておきましょう。
《静的ストレッチの注意点》
・一部位を20~30秒ほどかけて伸ばす(最初の数秒はたわみを伸ばすことに使われる)
・正しい姿勢で行う(姿勢が崩れていると目的の部位を十分に伸ばせない)
・伸ばされて気持ちいい程度にとどめる(痛いほど伸ばすと逆にケガをする)
・呼吸を止めずに行う(呼吸を止めると体が緊張してしまう)
・反動を使わない(伸張反射が起こって筋肉が収縮してしまう)
・他人と比較しない、競わない(柔軟性は人それぞれ)
この他にも、体が温まっていない時(起床直後など)や強い筋肉痛が伴う時などにストレッチを行うと、逆にケガをしてしまうことが考えられます。これらの注意点を守って行うようにしましょう。
開脚ストレッチと肉離れ
大きく開脚した状態から体を前屈させる「開脚ストレッチ」は、股関節が柔らかいかどうかの指標として取り上げられることの多いものですが、無理に開脚しようとすると内転筋などを傷める要因ともなります。日本整形外科学会と日本リハビリテーション医学会が提示している股関節の参考可動域によると、外転(外側に開く)角度は片側45°、左右合計90°と表記しています。これは自分で動かせる可動域であり、意識的にストレッチを行うとこれよりも可動域はひろがりますが、180°近くまで足を開脚する必要性は高くないと考えて良いでしょう。逆に180°開脚を目指して無理にストレッチを行うと、股の付け根に負担がかかって内転筋の肉離れを起こしてしまうリスクが高まります。股関節は日常動作でもよく使われるところであり、一度ケガをしてしまうとその部位を使わずに安静を保つことがむずかしく、ケガが長引きやすい傾向にあります。過度にストレッチを行って180°の開脚を目指すのではなく、しなやかな動きを引き出し、野球のパフォーマンス向上につながるような股関節周辺部のエクササイズ、ストレッチを行っていくことが大切です。
[page_break:骨盤を立てる意識/股関節を取り囲む筋肉を伸ばす]骨盤を立てる意識
骨盤を立てる意識を持ってストレッチをする(写真右)ことが大切
180°の開脚はできなくても、ある程度開脚した状態から体を前屈させる動作は下肢の柔軟性改善につながります。ところが開脚した状態から体が前に倒れないという選手も少なくありません。静的ストレッチの注意点として「正しい姿勢で行う」ことを挙げましたが、開脚から前屈することができない場合、単に体が硬いというだけではなく、骨盤が後ろに「倒れている」、いわゆる骨盤の後傾(こうけい)がその一因であることも考えられます。この場合は骨盤を立てる=骨盤をニュートラルポジションに保ってストレッチを行うことが大切です。骨盤のニュートラルポジションとは、正面から見た前額面(ぜんがくめん)、横から見た矢状面(しじょうめん)、上からみた水平面の3方向から見て適切な位置にある状態のことです。
《前額面》
正面から見て、腰に両手を当て(骨盤の一番出っ張った部分)、左右の高さが水平であること
《矢状面》
横から見て、前後の傾きが適切であること。一般的にはやや前傾(ぜんけい)した状態がニュートラルポジション
《水平面》
真上から見て(実際に見るのはむずかしいですがイメージしてみましょう)、骨盤が左右にねじれていないこと
熊のぬいぐるみのようにドカッと座ってしまうテディベア状態(写真左)と、骨盤が立ってニュートラルポジションにある状態(写真右)を比較してみるとわかりやすいのではないかと思います。
股関節を取り囲む筋肉を伸ばす
股関節の柔軟性を高めてパフォーマンスの向上につなげるためには、股関節の「横の動き(外転・内転)」だけではなく、「前後の動き(屈曲・伸展)」もあわせて高めるようにしていきましょう。股関節の動きとストレッチすることによって動きの改善につながる代表的な筋肉を簡単にまとめておきます。
《足を前方に出す屈曲》
足を前に出すためには体の後面にある筋肉を伸ばす。大臀筋や太ももの裏側にあるハムストリングスなど
《足を後方に引く伸展》
足を後ろに引くためには体の前面にある筋肉を伸ばす。大腿部の付け根にある腸腰筋、太ももの前側にある大腿四頭筋など
《足が体から側方にひらく外転》
足を側方に開くためには太ももの内側にある筋肉を伸ばす。内転筋群、恥骨筋、薄筋など
《足を体の中心に引き寄せる内転》
足を引き寄せるためには太ももの外側にある筋肉を伸ばす。中臀筋、太ももの外側にある大腿筋膜張筋など
このように見ていくと、開脚ストレッチにとどまらず、股関節周辺を取り囲むさまざまな筋肉の柔軟性を高めることが必要不可欠です。ただしそれぞれの筋肉を伸ばすときにも、最初にご紹介した静的ストレッチの注意点を守り、強い痛みが出ない範囲でゆっくりと伸ばしていくようにしましょう。
【過度なストレッチはケガのもと】
●静的ストレッチでは「反動を使わず」「強い痛みの出ない範囲で」行うことが大切
●180°の開脚を必ずしも達成する必要はない
●無理に開脚ストレッチを行うと内転筋の肉離れを起こすことがある
●開脚状態から前屈できないときは姿勢を確認してみよう
●骨盤が後傾した「テディベア」状態では目的とする筋肉を十分に伸ばせない
●股関節の動きをよくするためには「横方向」だけではなく「縦方向」へのアプローチも必要