目次

[1]地元・船橋から「市船」へ/2年秋に1大会3本塁打をマーク
[2]打倒・木更津総合、打倒・越井で奮起/聖地では興南・生盛から特大弾/セカンドスローは「リズム」


 今年、15年ぶりに夏の甲子園出場を果たした市立船橋(千葉)から、片野 優羽捕手(3年)と森本 哲星投手(3年)がプロ志望届を提出した。高校通算31本塁打を誇る強打の捕手・片野は入学前から「高卒プロ」を志し、高校野球生活を送っていた。甲子園の舞台でも興南(沖縄)の好投手・生盛 亜勇太投手(3年)から本塁打を放ち、大舞台でも強打を印象づけた。指名を待つ片野は、どんな野球人生を送ってきたのだろうか。

地元・船橋から「市船」へ


 千葉県船橋市出身の片野は中学時代、白井中央ボーイズでプレー。打線では4番を務め、投手と捕手をこなした。持ち前の強打と188センチ、95キロの体格をもつ片野は当時から注目を集める存在だった。

「いろんなお話はいただいていたのですが、やっぱり船橋市民ということもあって、『市船』で甲子園に行きたいという思いが一番だったので」

 10校以上の高校から勧誘があったが、地元にある市立船橋への入学を決める。

 プロへの意識は中学3年生の時に芽生える。入学前、海上(うながみ)監督と連絡をとった際に、「プロになれる」と言ってもらったことがきっかけだった。海上監督の言葉を胸に、入学前から「プロ志望」を掲げ市船の門を叩いた。

2年秋に1大会3本塁打をマーク

 市立船橋では1年秋から正捕手として試合に出場する。「プロ注目の捕手」として名を挙げたのは2年秋の大会だった。チームは、後にセンバツ出場を果たす木更津総合を前に準々決勝で敗退となるも、片野は1大会3本塁打を記録。そこから周囲の反応も変化した。

「やっとメディアの方々に取材をしていただいて、そこからちょっとずつ意識するようになりました。常に注目される選手でいられるようにと思いながら練習していました」

 主砲としてチームを牽引するだけでなく、自身の目標である「プロ野球選手」への階段も着々と登っていった。

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