第10回 野球を通じて資質が磨かれ、進むべくして進んだ経営という道。チームで結果を出す喜びをコンサルティングの世界で追求したい ENERGIZE-GROUP・生嶋健太社長(姫路東OB)2020年10月16日

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【目次】
[1]友人に誘われ初めて自分から選んだのが野球だった
[2]ケガに苦しんだ中学時代、チーム運営に携わった高校時代
[3]チームで勝つことに魅了された大学時代
[4]経営者としての今を支える2つの考え方
[5]野球で学んだことは1つも無駄にならない

 学生野球の聖地・神宮球場の近くに会社を構えるENERGIZE-GROUP。スタイリッシュな建物で、おしゃれな青山の風景に溶け込んでいる。その建物の前で待っていたのが今回紹介する生嶋健太社長だ。

 細身ではあるが、綺麗に焼けた肌に眩しい笑顔。さわやかな印象が強い生嶋さんは、高校時代は甲子園のお膝元・兵庫県にある姫路東で3年間高校野球に打ち込んだ元高校球児。そんな生嶋さんが、社長業の道に進んだストーリーを紹介したい。

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【一覧】人生で大切なことは高校野球から教わった

友人に誘われ初めて自分から選んだのが野球だった



生嶋健太さん

 生嶋さんが野球を始めたのは、小学校の低学年から。両親も2人の姉もバレーボールをしていたが、仲の良い友人に誘われて少年野球チームに入団した。

 「礼儀や規律がしっかりしているチームでした。監督やコーチが話し始めたらピシっと姿勢を正して聞きましたし、遊んでいて監督やコーチが来れば立ち止まって『こんにちは』と言わないと怒られましたね」

 練習は月曜日を除いて毎日専用グラウンドで行うなど、野球漬けの環境の中で上達していくことに楽しさを感じていた生嶋さん。

 「少年野球のレベルで考えれば厳しい環境だったかもしれませんが、やらされている感覚はありませんでした。周りには上手な選手が多かったので、その子たちに負けたくなかったんです」

 生嶋さんにとって初めて自分からやりたいと思ったものが野球だったことと、バレーボール一家のため「しっかりやらないとバレーに転向させられてしまう」という危機感に襲われたことも負けず嫌いの精神に火を付けた。

 中学にあがってもそのまま野球部に入部。「3年生とは体格が全然違いましたし、変化球が曲がるので驚きました」と中学野球界のレベルの高さを肌で痛感。同時に上下関係の厳しさも感じた。

 「先輩がティーバッティングをしている間ずっと立って声を出すなどきつかったです。熱中症になったなんてこともありましたが、小学校の時に礼儀や規律を学んでいたおかげで先輩たちからは、かわいがられていましたね」

 だが、プレーにおいては怪我に悩まされる時期が続いた。

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