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新宿は高校野球の終活へ向けて、3年生のオンラインミーティングが充実

2020.05.29

新宿は高校野球の終活へ向けて、3年生のオンラインミーティングが充実 | 高校野球ドットコム
田久保裕之監督と新宿ナイン(*写真は昨秋東京都大会予選都立青山戦より)

 都立新宿では、何度もオンラインミーティングが開催されている。ことに、高校野球の夏の大会が中止になるかもしれないというあたりからは、特にその濃度を深めている。

 今回、最終的には日本高野連の決定によって、夏の大会は中止と発表された。しかし、それを受けて東京都高校野球連盟は武井克時理事長のリーダーシップの下、いち早く代替大会の開催を検討することが発表された。
 そのことに対して、新宿の田久保裕之監督は「当事者である、高校3年生たちの生の声、本音を聞きたい」という思いが強くなった。そこで母校の後輩でもあり、3年生に当たる新宿高校73回生の野球部員たちに、問いかけた。

「多くの大人たちが動いている中で、果たして本当に高校生たちの望み通りなのか、それともすでに気持ちを切り替えてしまっているから、有難迷惑なのか。本当の意見、本当の気持ちを聞きたい」

 このテーマで、中止決定が発表された後の土曜日となった5月23日に「今の時点で、本心としてどう思っているのか」ということを9人の3年生で本音の意見を出し合ってもらうこととした。その背景には、「今こそ、現場の指導者の我々が言葉をかけなくて、誰が言葉をかけるのか。導くことに関して、今回ほど指導者の本気、手腕、言葉が問われる事態はない」という強い思いがあった。

 高野連の発表以前から、半分以上が「甲子園は開催すべきではない」という意見は部員たちの間からも出ていたという。田久保監督としては、最初は「えっ? 何考えているんだ」ということも思ったという。ただ、よく話し合ってみると、「個人としては試合をしたい。だけど社会的にはするべきではない」ということだという。

 田久保監督は、東京都高野連として代替プランがあるということを発表した直後の5月14日に、生徒たちに、本音を聞いてみようと呼びかけた。具体的に、どんな意見が交わされていたか、部分を抜粋して紹介しておく。


新宿は高校野球の終活へ向けて、3年生のオンラインミーティングが充実 | 高校野球ドットコム
新宿・山口歩主将(*写真は昨秋東京都大会予選都立青山戦より)

「自分は、東京都大会の開催について、現段階での状況では、開催すべきではないと考えます。ただ、これは自分自身が単に野球がやりたくないという理由ではなく、現時点で問題である受験、感染の危険性、これまでの部活での練習量という3つの事柄を鑑みての結果です。
まず予定通り開催されたとして、感染のリスクが高すぎると思います。現在、日々感染者数が減ってきていますが、第二波、第三波の発生もないとは言い切れません。密の状況が生まれ、クラスターも起こる可能性も十分に考えられます。また、開催を十分な安全が確保されるまで延期したとしても受験に影響が出ることは火を見るより明らかです。正直、長い目で見ると勉強の方が野球よりも大事であり、今勉強より野球を優先させた時に、その後のビジョンがいいものであるとはとても思えません。
今なんとしても開催させようとしている大人の方々には感謝しかありませんが、自分はこのような点から現時点での東京都大会の開催はすべきでないと考えます」

「これまでの期間、毎日素振りなどの運動はしていたのですが、明らかに下半身が細くなってしまいました。また、全くボールを投げておらず、休み明けに投げられるか心配です。動いた球も打てるか心配です。
モチベーションは、YouTubeでスーパープレー集を見ながら維持しています。
試合については、とりあえず行き先がはっきりしたという安心感があります。嬉しいです。ただ、ちゃんとできるのだろうかという不安も正直あります。再開しても、第2波が来てできなくなるのではないかと、どうしてもネガティブになりがちです。
ですが、今はとにかく早く学校が始まって欲しいというのが一番の願いです」

「一日いろいろと考えてみましたが、やはり中止になってしまった他部活の人達のことを気にせずに自分達だけがやることなどできないと考えました。周りの人たちから見れば高校野球は特別かもしれませんし、仕組みも確かに違うと思います。しかしやっている当事者からすれば思いは皆同じ。野球が他の部活とは違う決定的な感染予防対策ができるスポーツだとも思えません。さらに今年の夏は例年よりもさらに怪我の危険性も高く医療現場の方に多大なるご迷惑をお掛けしてしまう恐れも考えられます。
自分も最後の試合はやって長い間支えてくれた両親にプレーを見て欲しかったです。しかし、中止もしくは無観客のような状態で自分達のやりたいという気持ちだけで試合することは望みません。
ここまで自分達の事を考えてくださった先生方や、高野連の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました」

「夏の大会について、私の本音をお伝えします。私は、夏大とは3年間の成果を出すものだと思っています。しかし、3月からずっと先生方も含めたチームでの練習というものができていません。個人で練習してはいても、チームでの練習がかなりの期間できていないというのは大きな痛手です。仮に6月からできたとしても、夏までに1ヶ月しかなく、その状況で迎えた夏大を私たちの成果とされることが私は嫌です。
仮に延期されたとしても3ヶ月分の失われた練習を取り戻すには、数ヶ月では厳しいかと思います。また、私たちは受験も控えているので延期になることはあまり望ましくありません。日々ニュースで野球についての報道があるたびに、心が揺れ、受験モードに入っていいのかと考えていくうちに、野球をやるなら勉強したほうがいいと考えるようになりました。
はっきり言うと、中止なら早く中止と言って欲しい。甲子園も中止がほぼ確実と言われている今、地区大会を開催されてもそれは私たちの成果とは言えない。三年間頑張ったからこそ私はコロナウイルスの危険を冒してまでやって欲しいとは思っていません」


新宿は高校野球の終活へ向けて、3年生のオンラインミーティングが充実 | 高校野球ドットコム
田久保裕之監督(*写真は昨秋東京都大会予選都立青山戦より)

 そこには、個人としての考えと、社会の一員としての一人としての言葉があった。「社会情勢、医療への影響、無念の思いの他競技の仲間たち、感染の可能性をゼロにできない、高野連を自分たちのせいで悪者にできない」そんな意見があってのことだという。

 田久保監督自身は、そんな生徒たちの意見交換を知って、「アイツら、勝手に大人になっていきやがったな」というのが正直な感想だったという。人生を達観したかのような、大人のとしての判断に少し戸惑いながらも、やがて感心したという。

「自分のためだけに、やりたい気持ちだけを優先したら、本来、自分たちが目指している高校野球ではない。本末転倒してしまう」
 そんな思いに達したのだ。

 実は、新宿の生徒たちが、そうした考えに至るには、それまでの日々の積み上げがあった。というのも、「非運にも屈せぬ明朗強靭な情意を涵養する事。いかなる艱難をも凌ぎつる強健な身体を鍛錬する事。これこそ実に我らの野球を導く理念」という「学生野球憲章」の前文に書かれている後半の部分を部訓の一つとして、部室でもいつも目にしているのだという。

 さらには、新宿野球部としては「文武同道」という言葉を掲げて、勉強と野球は同じように一生懸命頑張ってやっていくということを目指している。だから、学業と同様に野球によって人間として成長していくことを目指しているという意識を日々作り上げてきていた。こうした成果の積み重ねが、この今の状況で、個々の意見として表れてきたと捉えていいであろう。

 正直、この事態の中で、何が正解かということはわからない。ただ、答えのわからないところに答えを見出していこうという姿勢を持ちながら、自分たちの目標として掲げた「日本一の文武同道」を実現していくためには、単純に「代替大会が出来ることになってよかった」というのではない。
今こそ「高校野球を何のためにやっていくのか」という最初の理念に立ち返っていくことが出来たと感じている。そして、「野球を媒介として人間として成長していこう」という姿勢を示すことが出来ると信じている。

「甲子園出場だけを目的としていたら、そういうチームは路頭に迷うはず。目的がなくなったのだから、3年生は今すぐ引退しなくてはならない。だけどそうではなく、野球を使って成長していくということを目指しているのだから、今こそ、自分たちの気持ちの方向性を揃えていって挑んでいく時期だ」

 田久保監督は、生徒たちの心身の成長を感じて、自信を持って代替大会に挑む。

 新チームのスタート時に立てたスローガンは「歴史を変えろ!」だった。ところが、図らずも、思わぬ形で歴史は変わらざるを得ない事態に遭遇した。そして、大人に成長した教え子であり後輩たちに田久保監督は心から思っている。

「73回生、9人。笑顔で高校野球の終活をして欲しい」

(記事=手束 仁

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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