「野球を好きで終わらせたい」佐々木誠監督と鹿児島城西の挑戦
鹿児島城西といえば、サッカー日本代表・大迫勇也の母校としてにわかに脚光を浴びている。大迫を擁して2009年の全国高校選手権で準優勝したサッカー部は、今や神村学園と並んで県内を2分する全国常連校である。今年の陸上日本選手権男子10000mを制した大六野秀畝(明治大→旭化成)は陸上部のOBだ。空手部、卓球部なども全国大会の常連に名を連ねる。
野球部も甲子園出場こそないものの、近年では00年、09年、15年と夏に決勝に進んでおり、春秋の九州大会県予選では優勝、準優勝が度々ある。先日、社会人侍ジャパンに選出された細山田武史(元横浜、ソフトバンク→トヨタ自動車)の出身校でもある。毎回の大会では常に優勝候補の一角に名前が挙がり、悲願まで「あと一歩」と目される強豪校だ。
その強豪校に17年末、ちょっとした「サプライズ人事」があった。元プロ野球選手で社会人のセガサミーやNTT西日本、ソフトバンク3軍監督などを歴任した佐々木誠氏が監督に就任した。鹿児島県内では09年4月に元西武の青木和義氏が母校・出水中央の監督に就任(※現在は退任)して以来となる元プロ選手の監督である。OBでも、出身地でもない鹿児島で、初めて「高校野球」の世界に身を投じる佐々木監督が目指すものは果たして何か?
選手と同じ目線で
佐々木監督は「選手と同じ目線」を意識した指導を心掛ける
「身体がとても大きくて、声も大きかったので、怖い監督さんなんじゃないかと最初は思っていました」。
山口颯馬主将(3年)は最初に会ったときの印象を語る。
「当然、今まで見てきた世界よりはレベルが下がるわけですから、高いところから見ないように、なるたけ同じ目線で見てあげるように心掛けています」
初めて高校野球を教えた約半年間の感想を、佐々木監督は述べた。
現在の高校生が生まれた00年代にはすでに引退していたが、80-90年代にかけて南海、ダイエー、西武などで活躍。88年の日米野球ではワールドシリーズMVPのハーシュハイザーからホームランを打ったこともある。走攻守3拍子そろった外野手として、全盛期には「MLBに最も近い」との評価もあった。NPBはもちろん、日本の社会人やMLBのマイナーリーグや独立リーグにも携わった経験がある。日本や米国の「プロ野球」の世界に知悉した佐々木氏がなぜ50歳を過ぎて「高校野球」の世界に身を投じようと思ったのか。
「自分でもどこかで求めていたものがあったんだと思います。社会人野球では一発勝負のトーナメント戦のヒリヒリした緊張感を経験しました。高校野球も同じトーナメント戦ですが、随分前に選手として経験しただけでよく覚えていません。高校野球には20年、30年と同じ学校で監督をされている方もいます。その魅力って何だろうと思っていました」
明確に高校野球で指導者をしたいと思っていたわけではなかったが、プロ選手の学生野球指導資格回復制度が大幅に改定された2013年にいち早く資格は取っていた。50歳代を迎えて「まだ身体が動くうちに、高校野球の世界を経験してみたい」と思っていたタイミングで鹿児島城西から声が掛かった。
[page_break野球の楽しさを教える]野球の楽しさを教える
元プロ選手、甲子園出場が悲願になっている学校となれば「チームを甲子園に連れていく」「将来のプロ野球選手を育てる」などの使命があるのかと勝手に想像していたが、佐々木監督の理想は一味違っていた。
「試合に出る9人、ベンチ入りの20人、入れなくて試合に出られなかった選手も含めて、野球を好きなままで終わって欲しい。野球って楽しいんだということを伝えたいんです」
勝ち方を教える、プロで培った技術を教えること以上に「野球って楽しいだろう?ってことを毎日伝えています」と言う。行き過ぎた勝利至上主義、監督や先輩の言うことが唯一絶対で、厳しいだけの上下関係、お気に入りの選手が重宝される派閥争い…プロもアマチュアも含めて旧態依然とした「日本の野球が僕はあまり好きではない」。一方でアメリカのマイナーや独立リーグの世界も知っているが「アメリカの野球が正しいというわけでもない」。うまくなる、強くなるのに方法があるとしたら、これが唯一と決めつけるのではなく、「双方の良いところを合わせて、まずは野球を好きになるというところから始まって、いろんなアプローチしていきたい」というのが佐々木監督の考えである。
坂道を使った走り込み
考える野球
「指示待ち族になるな。自分で考えて野球をしなさい」
就任して部員たちへの第一声は「考える野球」をすることだった。無死一塁でエンドラン、一死三塁でスクイズのサインが出る。ただ機械的に、言われたサインを忠実に実行するのではなく「この状況ではどんなサインが出るか」を常に考え準備をして自分なりの引き出しを持っておき「やっぱりそうきたか!」と喜び勇んでやれるような技術、お互いの信頼関係が築けるような野球をやりたいという。
毎日の練習のメニューは「同じ練習をダラダラと長くやっても意味がない。ある程度エッセンスを凝縮して、チーム練習をこなしたら後は自主練習に任せる」のが基本的なスタイルだ。
その日、どんな練習をするかは佐々木監督が決めてボードに張り出す。レギュラー、ベンチ入りメンバーを中心にしたAグループ、それ以外のB、Cといくつかのグループに分けて様々な練習をローテーションでこなす。例えばAグループが実戦を想定した守備の連係プレーをやっている間、Bグループは後述するサーキットスイングの練習、Cグループは坂道の走り込みをしている。一定時間やり込んだらメニューを交代する。取材に訪れたのは夏の大会の開幕(7月7日)を目前に控えた6月28日で「大会に向けた調整期間」(佐々木監督)だったが、ベンチ入りメンバーのAクラスだけが野球の練習をするのではなく、基本的にやるメニューは1年生から3年生まで48人全員が同じことを満遍なくこなせるようにしている。
練習中はスピーカーで音楽を流す。プロのキャンプなどでお馴染みの光景だが、やり方を形だけ真似ているのではない。「打撃にしても、走塁にしても、大事なのはリズム感」を養うためだ。
全体練習が午後6、7時で終わり、あとは自主練習。試合で送りバントを失敗した、エラーをした、スタミナが切れた…試合や練習で見つけた自分の課題に向き合い、どうやって克服するかを考えながら取り組む大切な時間である。
髪型を強制していないのも「自主性」や「自分で考える」ことの表れである。校則に則って見苦しくないものであればとやかく言うことはない。「5厘だけはやめてくれと言ってます。ブレザーの制服姿でその頭だと犯罪者みたいに見えるから」と笑う。
プロ時代の実績や肩書も関係なく、選手たちとは「同じ目線で、フレンドリーに接したい」という。「野球が面白くない」という部員がいたら親身になってまずは話を聞く。理由が「試合に出られないから」だといえば、「なぜ試合に出られないか分かるか?」と問う。試合に出るために必要なプロセスの大事さを語り、やる気を引き出す指導を心掛けている。
体幹を鍛える
野球指導で大事にしているのは「体幹を鍛える」こと。数多くの練習をこなしてうまくなるためには「芯の強さ」が必要になってくる。プロに行く選手は、身長の小さな選手でも「体幹の強さとバランスの良さ」を例外なく兼ね備えているという。
今は体幹に特化したトレーニング方法などもあるが、佐々木監督が取り入れているのは「野球に必要な体幹を野球のトレーニングで鍛える」方法だ。象徴的な練習法が「サーキットスイング」である。
30秒間バットを振り続ける。15秒休んで、巻き上げ、アームカール、拳立てなどを30秒間やり続け15秒休む。この1分30秒間のセットメニューをひたすら繰り返す。使うバットは通常のバットだけでなく、長い、短い、重い、いろんな種類がある。夏に向けての調整期間は10分程度の繰り返しだが、通常だと30分ぐらいはこの練習を繰り返すという。
グラウンドの横にある坂道を走り込むのも大事な体幹トレーニングだ。器具を使ったウエートトレーニングなどもあるがそれ以上に大事にしているのは「昔ながらのやり方で、野人的、野性的なものを身に着けること」だと言う。
思い返せば自身が小中高校生だった頃は「ひたすらバットを振って、遠投をやっていた」。学校の短い休み時間でもバットを振ったり、友人とキャッチボールをするのが何より楽しかった。「野球が日常生活に染みついていた」時代だった。時代が変わり、子供たちの野球やスポーツ、生活をめぐる環境は大きく変化したが、野球の持っている「野人的、野性的」なものの楽しさを伝えたいと考えている。
[page_break佐々木誠監督と鹿児島城西の挑戦]グラウンドに出るのが楽しい!
「授業が終わるのが待ち遠しい。グラウンドに出るのが楽しくなりました」
4番を打つ宮脇廉(3年)は言う。思い切りバットを振ることを「フルスイング」を越えてチームでは「満振り」という。佐々木監督から「ホームランか、三振かといスイングでいい」と背中を押された。あれこれ迷わず、打席で満振りを心掛けたらホームランの本数も増えた。「自分で自分をうまくしろ」という監督の言葉に奮起し、今日はどんなうまくなるための練習をするのかを楽しみに思えるようになった。
「監督のおかげで野球が好きになったのはみんな同じだと思います」と山口主将。野球について知れば知るほど面白さが増える。実戦形式の打撃練習。一死一塁、走者を三塁、またはホームに返すには長打しかないと思っていたが、足の速い走者ならセーフティーバントでも三塁、場合によっては相手のミスで得点になるケースも十分考えられる。チームメートの力を理解し、自分にできることが増えてくれば、それだけやれることも増えて、可能性が広がる。そんなところに「考える野球」の楽しさを感じている。
宮脇は「やるからには勝って甲子園に行きたい」と言う。昨秋は出水中央に初戦敗退、今春は鹿屋に3回戦敗退と不本意な結果に終わっているが、山口主将は「持っている力を全員が出し切ること」ができれば夢ではないと考える。「全員が絶好調でフルの力を出し切れば全国制覇もできる」と佐々木監督も言う。しかし人間がやる以上、全員が絶好調でフルの力を出し切ることこそ至難の業だ。だからこそ「不調の時こそ、考えて自分にできることをやれるか」(山口主将)が大事だ。打てなくても何とかして四死球を選び、出塁する。これも立派な勝つために必要な野球だ。
気持ちを入れてシートノック
やりたいのは「10対0で勝つ野球」だと佐々木監督は言う。力で勝ち上がる野球をやりたいのは理想だが、それが簡単にできないことも十分承知している。「あまり期待をし過ぎず、時には鈍感力も大事なんです」。過敏に理想を求めすぎて選手たちを委縮させるよりも、失敗してもいいので思う存分やらせる度量が今のチーム、ひいては高校野球に必要とも考えている。
初めて迎える夏の大会だが、自身が特別緊張することはない。高校野球は初めてだが、一発勝負の持つ独特の緊張感は社会人時代に経験した。プロ時代には日本シリーズも経験している。攻撃でも守備でも1つのミスが、年間130試合を戦って積み上げてきたものを台無しにしてしまいかねない修羅場を、身をもって体験しているから「1球の重み」は誰よりも理解しているつもりだ。選手たちの可能性を信じ、一戦一戦の中から選手たちがそれぞれに成長していくところを楽しみに、そこに結果がついてくるようになれば最高に楽しい夏になるだろう。「今ワクワクしています」と力みなく自然な笑顔を浮かべていた。
(文=政純一郎)