試合レポート

天理vs浦和学院

2012.08.19

天理の強さを支えるエンドラン

監督がエンドランのサインを出すとき――。
そこには、いくつかの想いや願望が込められている。

走者一塁からのエンドランの場合、最高のかたちは安打で一、三塁以上をつくること。だが、これは理想であって、現実的にはなかなか難しい。したがって、監督が望むことは、最低限、走者を二塁に進めてほしいということだ。二塁には進めたいが、バントをさせるにはもったいない。そんなときにエンドランのサインを出す。
これ以外でエンドランのサインを使う場合に多いのは、打者にバットを振らせたいときだ。積極性に欠ける打者や不振の打者などに、エンドランをかけることによってスイングさせる。また、エンドランで相手の野手を動かしたい場合に用いる場合もある。

 浦和学院戦の初回。天理・橋本武徳監督は無死一塁、カウント1ボールから二番・東原匡志にエンドランのサインを送った。投球は外角のスライダーだったが、東原は引っ張ってサードへのゴロ。一塁走者の早田宏規を二塁に進塁させた。
東原は初球、送りバントの構えをして見送っている。2球目にエンドランのサインに切り替わった。足のある一、二番で最低でも一死二塁、あわよくば……を期待したエンドランだ。東原は言う。
「ヒットで一、三塁にするのがベストですけど、最低限、ランナーを進めることはできました。いつもならバントですけど、自分の(打撃の)調子が上がってきてるからエンドランだったんだと思います。エンドランのときに心がけるのは、絶対にゴロを打つこと。上げたら意味がないんで。それと、センターライン(セカンドとショートの間)には打たないこと。ゲッツーになりますから。(一、三塁の)どっちかに打ち分けようと思ってました」
この後にふたつの四死球と暴投が出て、天理は1点を先制する。

2回には二死一塁、打者が一番の早田という場面でカウント2―2からエンドランをしかけた。早田の打球は右中間を破る三塁打となり、1点を追加。続く二番の東原にも二塁打が出てもう1点を加えた。初回の無死一塁からとは違い、二死一塁からのエンドラン。ここでは、走者を進めることは求められていない。早田は言う。
「ツーアウトなので、思い切っていきました。エンドランを出してくださったおかげで、思い切っていけました」
二死のため、打者は何も考えず打つだけ。思い切って振った結果が長打を生み出し、理想以上の結果をもたらした。

そして、7回。今度は一死一塁から、七番の木村秀のカウント3―2でランエンドヒットをかけた。木村はショートにゴロを打って、一塁走者を二塁に進めた。この場面は得点につながらなかったが、走者を走らせて打たせるサインのときに、3人の打者が確実にゴロを打っている。


甲子園でも、走者を動かしているにもかかわらず、平気でフライを打ち上げる選手が多い中、天理の各打者は徹底されている。木村は言う。
「シート形式の打撃練習で自分で『エンドラン』と言って練習します。当てにいくんじゃなくて、強いスイングで強いゴロを打つ。真ん中に打つとゲッツーになるので、引っ張るか、流すかを意識します」
選手によっては、フリー打撃でも自分でエンドランを想定して、一、三塁方向にゴロを打つ練習をする選手もいる。失敗したときは、選手同士で厳しい声が飛び交う。

 その成果が甲子園で発揮されている。

初戦
宮崎工戦では、1点をリードされた6回無死一塁。東原が初球のバントをファウルすると、2球目にエンドランに切り替わった。打球はショートへのゴロになったが、「バントだと思っていたのでびっくりした」という相手ショートの失策を誘って一、三塁に好機を広げ、内野安打と失策で2点を奪って逆転に成功した。

2回戦鳥取城北戦では、初回二死一塁、四番・古田塁のカウント2―2、6回二死二塁、代打・漆原広樹の初球にエンドランをしかけた。古田はショートゴロ、漆原はセカンドゴロで成功とはいかなかったが、ともにゴロの打球を放っている。早田の三塁打以外、3試合で走者が走ったときにフライを打った打者は一人もいない。とにかくゴロを打つ意識が徹底されているのだ。だから、橋本監督も無死から思い切ってサインが出せる。

初戦敗退したセンバツでは、健大高崎の前に3対9と大敗。点差が離れたこともあり、つなぐ意識がなく、自分勝手なプレーが目立ち3併殺を喫した。逆に健大高崎には7盗塁を決められ、13安打で9失点。あの試合を機に、チーム内の意識が変わった。
「走塁をしっかりやらないといけないというのと、チームのためにやろうというのをミーティングで話し合いました。自分勝手なプレーをすれば、監督ではなく、選手同士で怒るようになりました」(木村)

自分がどんな打撃をしたいかではなく、監督はなぜここでこのサインを出すのかと考えられるようになった。その結果が、エンドランの際の打撃に表れている。
「(エンドランは)向こうの守備隊形を見てやね。送った方がいいときは送りますよ」
橋本監督はそう言ってニヤリとしたが、自信はあるはず。能力の高い選手たちの意識が徹底されていることほど、怖いことはない。

天理のエンドラン――。
準々決勝以降でも、切り札になるかもしれない。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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