小関順二の甲子園総括コラム(投手編)
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技巧派左腕のドラフト候補達
今大会は左腕の技巧タイプにいい選手が多かった。技巧タイプと言っても、高校野球で終わってしまうような、いわゆる“好投手”タイプではない。4年後くらいにはプロ入りがあるかもしれない、と思わせるような技巧派タイプである。プロで言えば、高木 京介(巨人)タイプ、と言えばいいだろうか。出場した順に紹介していこう。
愛工大名電の東 克樹はフォームがいい。内回りのバックスイングは体のラインからはみ出さず、投げに行くときの早い前肩の開きもない。ストレートは最速140キロと一定の速さがあり、変化球はスライダー、カットボールを主体に、打者近くで落ちるシンカー、チェンジアップのようなボールもある。初戦で敗退したが強く印象に残った。
東 克樹選手(愛工大名電)
北照の2番手で登板した斎藤 綱記も本格派としての魅力を備えた2年生左腕である。スピードガン表示は130キロ台後半どまりだったが、常総学院の1〜7番打者を1安打に抑えているようにボールの力は一級品。来年は騒がれそうだ。
やはり1回戦敗退組の浦野 峻汰(上田西)もよかった。東同様170センチくらいの上背でもオーバーハンドの腕の振りのためボールに角度がある。とくに124、5キロで縦に落ちるスライダーは上から抑え込むようなリリースで見応え十分。もう少し見たかった。
1回戦で高橋 光成(前橋育英)と1点を争う好勝負を演じたのが高橋 由弥(岩国商)だ。(2013年8月12日)122、3キロの縦割れスライダーはブレーキ、落差とも超高校級と言って過言ではない。これを右打者だけでなく左打者の内角に角度を緩めてカウント球にするなど、バリエーションも豊富。ストレートは140キロを超え、これをさらに速く見せる100キロ未満のカーブを備え、準備万端ぬかりがないというピッチングだった。
準優勝投手、延岡学園・横瀬 貴広は準決勝の花巻東戦(2013年8月21日)で“公式戦初先発・初完封”という一世一代のピッチングを披露した。90キロ台前半のスローイングはストレートを速く見せるチェンジアップ効果だけでなく、腕の振り、コントロールのよさも備え、勝負球として機能していた。ストレートは速くても130キロ台後半がほとんどでいわゆる速球派としての迫力はない。緩急に加え、猛烈に速い4秒くらいの投球間隔で打者の打ち気を逸らす技巧に持ち味があった。
準決勝で横瀬と投げ合ったのが花巻東の中里 優介である。準々決勝の鳴門戦(2013年8月19日)でストレートが143キロを計測していたように、ここに紹介する中ではもっとも速球派と言っていい。122、3キロのスライダーやシンカーを使った横の揺さぶりに特徴があり、要所・要所で速いストレートを見せ、勝負球はスライダーというメリハリの効いたピッチングが印象に残っている。
甲子園を沸かせた「未完の大器」
山口 瑠偉選手(浦和学院)
“未完の大器”というカテゴリーに入るのが、馬場 皐輔(仙台育英)、朝山 広憲(作新学院・1年)、山口 瑠偉(浦和学院)、三輪 昂平(日大三・2年)、高田 航生(大垣日大・2年)、山田 基樹(日川)、中村 文英(福井商)、宮本 幸治(富山第一)、岩下 大輝(星稜・2年)、政木 拓真(三重)、葛川 知哉(大阪桐蔭)の11人。
未完の大器と言っても、朝山、高田、岩下の下級生組は145キロ以上のストレートを投げる本格派ではなく、体幹の強化という条件つきで名前を上げた。荒々しい未完の大器ということなら葛川、山田、中村、宮本、三輪、政木が当てはまる。ともにコントロールに安定感がなく、ボールの力で打者を圧倒するほうに心が傾いている。
馬場、山口は春の段階から大舞台で投げているので未完の大器という表現は当らないかもしれない。ともにチーム内に鈴木 天斗(仙台育英)、小島 和哉(浦和学院)というエースナンバーを背負う選手がいて、リリーフ登板が多い。
両選手は1回戦で優勝候補同士として戦い(2013年8月10日)、馬場は3回途中からリリーフ登板し、最速145キロのストレートを前面に押し出すパワーピッチングで強打の浦和学院に対し6回3分の1を投げ5安打、8三振、2失点で勝利に貢献している。
山口は10対10の9回裏、二死一塁の場面で小島をリリーフし、仙台育英を牽引する熊谷敬宥にサヨナラ二塁打を打たれているが、わずか7球の中で最速143キロのストレートや無駄のない投球フォームなど、そのよさを存分にアピールした。
[page_break:今大会で光ったドラフト候補]今大会で光ったドラフト候補
安楽 智大選手(済美)
どこからも文句の出ないドラフト候補と言えば、飯田 晴海(常総学院)、高橋 光成(前橋育英・2年)、山岡 泰輔(瀬戸内)、安楽 智大(済美・2年)、古川 侑利(有田工)の5人になる。
飯田は大学進学が有力視されているが、プロ志望届が提出されれば2、3位で指名されると思う。インステップが気になる程度で、他に悪いところが1つも見当たらないというのが最大の長所だ。
ストレートは130キロ台中盤がほとんどで速さはないが、3月に行われた選抜で141キロを計測しているので、その気になれば140キロ台中盤くらいはすぐに出せそうだ。そこには価値を置かず、縦割れのスライダーやツーシーム、チェンジアップなどの変化球のキレやコントロールに重きを置いているところが大人。準々決勝(2013年8月20日)では前橋育英を8回まで散発の6安打、無失点に抑えていたが、9回を迎えたところで熱中症が発症、無念の降板を余儀なくされた。
安楽は飯田とは真逆の場所にいる。とにかく速い球を投げたいという一念で腕を振っているという印象なのだ。初戦の三重戦(2013年8月14日)では9回まで9対2とリード、勝利は目前という場面でこんなピッチングをしている。
4番 宇都宮 東真…4球目146キロストレート→右前打
5番 島田 拓弥……4球目139キロストレート→左前打
6番 小川 竜清……2球目142キロストレート→中前打
7番 和辻 匡登……2球目144キロストレート→死球
9番 山口 竜平……1球目150キロストレート→右前打
1番 浜村 英作……2球目148キロストレート→左二塁打
2番 西村 広大……2球目145キロストレート→中犠飛
9人の打者に24球投げて、その内訳はストレート19球、変化球5球。大量7点リードしているので、それまでの緩急を交えたピッチングではなく腕を振って速い球を投げてもこの回くらいは許されるだろう、という甘えた気持ちが垣間見える。そしてそのストレートを見事に狙い打たれた。速い球を生かすには緩急や内外の出し入れが重要、というのはもはやピッチングのイロハ。類まれな豪速球を持っていながら精神的にまだそこに到達していない、というのが安楽の現在の立ち位置である。
山岡 泰輔選手(瀬戸内)
古川は一見もっさりしたフォームで完成度は高くなさそうに見えるが、初戦の大垣日大戦(2013年8月8日)では与四死球0で完投している。この試合ではストレートの最速が148キロに達し、カーブ、スライダー、フォークボールなど変化球のキレも素晴らしかった。このあとの試合で2打席連続ホームランを打った森 友哉(大阪桐蔭)に翌日のスポーツ紙はほぼ独占された格好だが、見ている人間には強く胸に響く快投だった。
山岡は想像以上だった。本サイトの観戦記に「スカウトの人たちが『あと10センチ上背があれば上位候補』と口にするが今のままでも十分上位候補ではないかと私は思う」と書いたように、とにかく素晴らしかった。まず投げ方がよく、そのよさがボールに反映されているというのが素晴らしい。スピードは最速145キロに達し、四球1、死球2でわかるように、強打・明徳義塾の内角を果敢に攻めていたことがわかる。(2013年8月13日)
ピッチング以外では7回の一死三塁の場面でバント飛球が一塁方向に上がり、これをダッシュして余裕で捕球、三塁に投げて併殺にしている。さらに、走者を一塁に背負ったときのクイックタイムは最速1秒ジャスト。こういうディフェンス面での充実がさらに山岡をよく見せている。
優勝投手の高橋 光成(前橋育英)は1回戦の岩国商戦(2013年8月12日)ではストレートが最速145キロを計測したが、2回戦は144キロ、3回戦は140キロと徐々にスピードを落とし、決勝の延岡学園戦(2013年8月22日)では130キロ台がほとんどで、MAX148キロの面影はなかった。と言っても、これは常総学院の飯田にも通じる「ピッチングはコントロールと投球術」という哲学によるもの。6回からリリーフした準々決勝の常総学院戦(2013年8月19日)ではびゅんびゅん腕を振って最速145キロまで速さが復活しているのだから、出そうと思えばいつでもこれくらいのスピードは出ますよ、ということだろう。
腕の振りは藤浪 晋太郎(阪神)を彷彿とさせるスリークォーターで、持ち球は藤浪同様、横変化のスライダーに特徴がある。アウトローを基本としながら外を生かすための内角攻めにも躊躇はなく、決勝の延岡学園戦では2つの死球を与えている。今大会を代表する本格派と言っていいだろう。
[page_break:今大会に登場したドラフト候補一覧【投手編】]今大会に登場したドラフト候補一覧【投手編】
名前 | 投打 | 身長/体重 | 高校名 | 学年 |
---|---|---|---|---|
斎藤 綱記 | 左左 | 180/76 | 北照 | 2年 |
中里 優介 | 左左 | 172/72 | 花巻東 | 3年 |
馬場 皐輔 | 右右 | 180/78 | 仙台育英 | 3年 |
飯田 晴海 | 右右 | 175/75 | 常総学院 | 3年 |
朝山 広憲 | 右左 | 175/73 | 作新学院 | 1年 |
高橋 光成 | 右右 | 188/82 | 前橋育英 | 2年 |
山口 瑠偉 | 右左 | 185/84 | 浦和学院 | 3年 |
大場 遼太郎 | 右右 | 167/72 | 日大三 | 3年 |
三輪 昂平 | 右右 | 176/76 | 日大三 | 2年 |
浦野 峻太 | 左左 | 171/72 | 上田西 | 3年 |
山田 基樹 | 右右 | 194/88 | 日川 | 3年 |
東 克樹 | 左左 | 170/70 | 愛工大名電 | 3年 |
宮本 幸治 | 右左 | 179/83 | 富山第一 | 3年 |
岩下 大輝 | 右右 | 179/77 | 星稜 | 2年 |
中村 文英 | 右右 | 182/85 | 福井商 | 3年 |
葛川 知哉 | 右右 | 180/82 | 大阪桐蔭 | 3年 |
山岡 泰輔 | 右左 | 172/70 | 瀬戸内 | 3年 |
安楽 智大 | 右左 | 187/85 | 済美 | 2年 |
古川 侑利 | 右右 | 178/77 | 有田工 | 3年 |
横瀬 貴広 | 左左 | 176/80 | 延岡学園 | 3年 |
(文・小関 順二)