Column

大阪商業大学堺高等学校(大阪)【前編】

2015.12.06

 今秋、春夏を含めても初の大阪優勝を飾った大阪商大堺決勝では後に近畿優勝を果たすことになる大阪桐蔭を延長13回の熱戦の末破った。全国屈指の強力打線をどう抑えるか、突きつけられた難問を前に静 純也監督が先発マウンドに送ったのは、超が付く程の軟投派左腕・東山 一樹(2年)だった。なぜ超がつくかといえば、球速が100キロ程度だから。

 大阪桐蔭は全くデータ無し。正体不明の左腕が初球に投じた山なりのカーブはスタンドをどよめかせる。
「1球目からびっくりさせてやろう」マスクをかぶる宋 智弘(2年)の狙いはまずは成功した。練習試合ですら登板機会の多くない東山を大阪桐蔭と当たったら先発させる、そのプランは決勝の遥か前、秋のメンバー発表よりも先に決定していたのだった。

 大阪府大会決勝の舞台裏を探りつつ、新チームから決勝まで道のりを振り返っていく。

先発・東山の舞台裏

東山 一樹(大阪商業大学堺高等学校)

 東山は真面目でよく練習するし気持ちの強さもある。ただしストレートでも球速は100km/h程度と投手としての能力は高くない。そのため東山は練習試合でもマウンドに上がることは少なかった。旧チームで、次戦の相手が左腕エースのチームである時、自ら打撃投手を買って出た。しかし当然ながらタイプが違う。中には顔をしかめる先輩もいたが、それでも東山は志願して投げる。その姿を見ていた静監督はどこかで使えないかとずっと気になっていた。

 堺地区には毎年春と秋に近隣の高校だけで行われる大会がある。出場するのはメンバーを外れた上級生が中心。その大会で清教学園戦を前に、静監督は東山に「5回を無失点に抑えたら、大阪桐蔭の時だけ先発させる」と告げる。そして東山は結果を残す。組み合わせの関係上、本当に大阪桐蔭と当たるとしたら決勝戦。静監督がミーティングでそのことを選手に話すと東山の普段の練習態度と努力を知っている部員達はノリノリ。
 

 こうして秋季大会のベンチ入りメンバー20人を発表する前に、後に金星へと結び付く先発・東山から始まるスペシャル継投の計画が始動したのである。

 決勝の1ヶ月前、9月上旬に大阪商大堺大阪桐蔭は練習試合で対戦している。お互いにガチンコ対決で臨んだ試合で先発したのは、大阪商大堺神田 大雅(2年)で大阪桐蔭高山 優希(2年)の両エース。しかし神田は2発を浴び5回3失点。その後に登板した木戸元 彰吾(2年)、川上 雄也(1年)も強力打線を抑えられなかった。

 4対8で敗れたこの試合で東山はベンチ外。投げる姿はもちろんキャッチボールをしているところさえ見せないようにボールボーイを務めていた。それから1ヶ月後、[stadium]舞洲ベースボールスタジアム[/stadium]の入口でオーダー表を交換した大阪桐蔭西谷 浩一監督が「9番・投手、東山」の文字を見て「誰や?」という顔をしたのも無理はない。

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[page_break:決勝までの道のり]

決勝までの道のり

ランニングする投手陣(大阪商業大学堺高等学校)

 大阪商大堺のベンチ入り投手は5人。枚数が多いのは188cmの高身長から130km/h台後半のストレートを投げ込むエース・神田について、信頼はしている投手だが、1人で任せるにはまだ足りないものがあったからだ。
神田は1年秋からベンチ入りし上級生のエースに次ぐ存在として期待されていたが、味方がエラーした時やなかなか点を取れない苦しい展開の時に粘り切れない時があり、いつしか2番手投手の座も他の上級生に奪われていた。それでも、どっしりしたエースに育って欲しいと新チームでは迷わず背番号1を与えた。

 そんな神田を盛り立てるためにも守備力が重要になるが、今年は旧チームのような守備は堅く機動力も使えるようなチームではなく、中学時代に主軸を打っていた選手が多く、強打がウリという正反対のチームだったからだ。

 ただ、裏を返せば多少の失点を打線でカバーできる。今秋の3回戦、東海大仰星戦はいくらかの不安を抱えて臨んだ試合だったが4対1で勝利。「こういう形でいきたい、というのが出来たゲーム」と静監督が評した試合で神田は1失点完投。続く4回戦の大阪池田、5回戦の太成学院大高は投手陣の中で最も気の強い川上が先発。川上はしっかりとゲームメイクすると、自慢の打線も爆発し、大阪池田には11対0、太成学院大高は15対7で快勝した。決勝大阪桐蔭戦では唯一登板がなかったが、それはケガなどのアクシデントに備えて1人は投手をベンチに残していたからだ。

 準々決勝の相手は本格派右腕・西田 光汰(2年)を擁し力強い打者を多数揃える今夏準優勝大体大浪商。強敵を相手に少ないチャンスをものにして4点を奪い、神田は完封勝利。連戦となった阪南大高との準決勝でも宋の好リードとポジショニングを含めた好守備に盛り立てられた神田は1失点完投。昨秋から指揮を執る静監督の2年連続近畿大会出場を決めると共に決勝へと駒を進めた。

合言葉は3点差以内でエース・神田につなぐ

 大阪桐蔭戦で先発する、それを知った時点では遥か先の話に過ぎなかったが、それが現実となるとますます緊張が抑えきれなくなっていた。
当日、マウンドに上がると更に緊張した。初球のカーブがストライクゾーンを外れると結局、大阪桐蔭の1番・中山 遥斗(2年)を四球で歩かせてしまう。2番・永廣 知紀(2年)がセンター前ヒット、3番・吉澤一翔(2年)に対しては4球続けてボール。

「緊張し過ぎてストライクが入らなかった」この時点で投じた14球の内ストライクはわずか4球。無死満塁で4番を迎えるという最悪の立ち上がりになってしまった。それでも三井 健右(2年)に犠牲フライを打たれ先制は許したが、後続を断ち最少失点に抑える。傍から見ればよく凌いだと思えるこの投球に静監督は納得していなかった。

「何しとんねん。ストライク入れれば打てないよ。0で行けたやろ」お互いすでに近畿大会出場を決めた上での対戦だったということもあり、中には東山の先発に懐疑的な目を向ける人もいた。しかし、実際は本気で勝ちに行っていたからこその継投策だった。東山本人は「2回までなら」、マスクをかぶる宋は「1巡行けたらいいな」という程度だったが、静監督の頭の中には東山は大阪桐蔭打線に2巡目まで、あわよくば5回ぐらいまで通用するとの思惑があった。

 初回に失点したことで少し緊張のほぐれたという東山は大阪桐蔭打線の打ち気を逸らし2回は三者凡退。術中にはまるかと思われたが2巡目になると猛攻を浴びた。一死一、三塁から三井に2点タイムリースリーベース、続く5番・古寺 宏輝(2年)にもセンター前に弾き返され、3回途中にして4失点。

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[page_break:合言葉は3点差以内でエース・神田につなぐ]

 当初のゲームプランは神田投入は6回から、それまで3点差以内で食らいつく。これがチーム全員が共有していたものだった。攻撃イニングがまだ残されているとはいえ4失点目は限りなくデッドラインに近い。それでも静監督はすぐには投手を代えなかった。

「次も左なので回の始めから投げさせたかった」

木戸元 彰吾(大阪商業大学堺高等学校)

 初回からブルペンで作っていた木戸元は球持ちが良く球速以上にキレがある左腕。ストレートとわかっていても詰まらせることが出来る。ただその一方で、コントロールを乱し四死球から試合を潰すことも。ランナーがいる場面での登板は避けたかったが、送りバントと四球で二死一、三塁となるとこのままではゲームが崩れるということで、東山にかえ、木戸元がマウンドへ。

 木戸元は「元々3点差以内で神田に託す、とやっていたのでここは意地でも抑える」の言葉通りショートゴロでピンチを脱出する。「ホッとしました」という木戸元だが4回に2四球を与え一死満塁のピンチを招く。ここもホームゲッツーで切り抜け5点目は許さない。そんな左腕2人の投球をブルペンでは小猿 佳祐(2年)が「相手打線がスゴイ割りにはよく粘っているな」と見つめていた。

 小猿は右のオーバースローで球速は125km/hぐらい。球種はカーブ、スライダー、フォークの3種類を持ち、コントロールもテンポも良く監督の立場からすればまとまっていて使いやすいタイプ。ただ格上との試合となると全てが平均的であるため最も捉えられやすいタイプだった。

 5回裏、二死満塁のピンチ。打順がトップの中山にまわった。さらに右打者が続く場面で静監督は「木戸元がアカンかったら小猿しかいないので。二死になったら行くぞと。ここしかない」と交代を決断する。東山と木戸元で5回まで凌ぎ、6回からは神田に託す。これが試合前の予定で、小猿は神田が崩れた時にマウンドに上がるはずだった。しかし、東山が2巡目につかまり3回途中で木戸元を投入せざるを得なかったために、小猿にも繰り上げでの登板が巡って来た。

 木戸元が登板すると同時にブルペンに向かって準備していた小猿は「行きたかったんで、嬉しかったです」と厳しい条件のマウンドへ。1本のヒットも許されない状況で中山のカウントが2ボール2ストライクになると宋は勝負球にストレートを要求。「大阪桐蔭はよく打ってくるので弱気になったら負ける。強気に攻めて行こう」試合前からそう心に決めていた方針を貫いた。この場面、小猿の頭の中ではフォークがよぎっていたが「追い込んでからはキャッチャーに任せようと。ストレート要求を信じて思い切って腕を振りました」。結果はセンターフライで追加点を許さなかった。

 打線は4回に二死三塁から加藤 大成(2年)の意表を突くセーフティスクイズで1点を返しており、5回終了時のスコアは1対4。チーム一丸となって後半勝負に持ち込むことに成功したのだ。

 前編はここまで。大阪桐蔭に勝利するために、1か月前から画策をしていた大阪商大堺。後編では後半戦の模様に入っていきます。

(取材・文=小中 翔太


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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