目白研心高校(東京)
3人の部員たちは、この春が来るのをずっと、心待ちにしていた。
昨年の夏は、3年生の先輩2人と、弓道部等の他クラブからも生徒をかき集めて、なんとか公式戦に初めて出場することが出来た。東東京大会初戦で攻玉社に0対10で敗れたが、創部3年目の目白研心野球部にとって、まずは大きな一歩を踏み出すことが出来た。
2人の先輩がつなげてくれた野球部
アップをする目白研心ナイン
これまで女子校だった目白学園は、2009年に目白研心に校名を改称し、男女共学となった。同年、創部された硬式野球部の監督に就任したのが、鈴木淳史監督。
鈴木監督は高校時代、新潟明訓で2年生の夏に甲子園出場、3年時にはキャプテンを務め、最後の夏は新潟大会決勝戦まで勝ち進んだ。卒業後は、東都リーグの中央大学でプレー。在学中に教員免許を取得すると、その後、山梨県の日本航空でコーチを経験。
高校・大学ともに強豪校で、全国の舞台を常に目指してきた。また、厳しい上下関係やルールの中で、伝統校のプレッシャーも感じながらプレーをしてきた学生時代。そんな鈴木監督にとって、まだ創部1年の目白研心に赴任した当初は、 一体どんな思いを感じて指導をしてきたのだろうか。
「創部してすぐに、野球部に11人の部員が入ってきてくれました。だけど、ユニフォームを着てグラウンドに全員が集まることはなく、しばらくすると、9人が辞めてしまった。今、振り返ってみれば、僕と部員の野球に対する気持ちの温度差が大きかったんだと思います。だけど、その当時は気付けなかったんです。
それから部員が2人になって、大会にも出られない状況で、それでもその2人は野球部を辞めませんでした。他の部員と比べても、決して野球が上手いわけではなかった。だけど、彼らは野球がもっと上手くなりたいからと、残ってくれた。
あの2人が残ってくれたからこそ、今もこの野球部が存続しているんですよね。あいつらが、目白研心野球部のパイオニア。この野球部は、一番ヘタで、一番マジメなやつが、作ってくれた野球部なんです」
今年3月に行われた卒業式で、2人は鈴木監督のもとに来て、こう言った。
「先生、僕は3年間、高校野球をやって本当に良かったです!」
鈴木監督
3年間、一度も試合で白星を挙げることが出来なかった。それでも2人にとって、鈴木監督のもとで野球を学べたことは、かけがえのない経験となったのだ。
また、そんな2人と、僅か3ヶ月間、一緒に野球が出来た(当時)1年生部員3人にとっても、先輩の前向きに練習に取り組む姿をみて、感じるものは大きかった。
3年生が引退後、鈴木監督は1年生部員の3人にこんなことを伝え続けてきた。
「これからは、お前たちのチームだ。この3人で、目白研心野球部の歴史をさらにつなげていくんだよ」
まだ、野球部のルールもない。上下関係もない。目白研心というチームを、どんな色に染めるのか。どんな雰囲気にするのかは、彼ら自身だった。
鈴木監督は、自らが経験してきたような強豪校特有の雰囲気を部員たちに求めることは一切しなかった。3人の部員たちと共に動き、共に考え、そして見守り続けた。
「この状況で、この人数で野球をするのだから、何でもありなんです。僕自身がこれまで“何でもありではない”環境で野球をやってきたので、逆にそれをさせない。僕の期待をいい意味で裏切ってくれるような野球をしてほしいんですよね。
だから練習でも、全員で声を出そうとか、そういうことを求めるのではなくて、それぞれの役割というのを考えていく。一人ひとりの色を大事にしていきたかったんです。選手が自らつくった雰囲気のチームじゃないと、試合では勝てないですから」。
日々、高まるモチベーション
練習を見守る鈴木監督
春になって、3人の部員たちが2年生になると、ずっと心待ちにしていた『新入部員』が、やってきた。
野球に興味がある生徒を鈴木監督自ら声を掛け、「一緒に野球をやろう!」と熱い思いを伝えて回ったのだ。その結果、入部を決めた1年生は12名。
「早くチームの戦力になってもらいたい」(鈴木監督)と、3月29日から3日間、強化合宿を行った。連日行われた練習試合では、すべて10点差以上つけられての大敗。
「負けることに、慣れないでほしい」という鈴木監督の不安をよそに、選手たちのモチベーションは日に日に高まっていった。
例えば、入部したばかりの1年生に課したスクワット100回のトレーニングメニュー。その取り組む態度が悪い部員に対して、お互いに言い合って、取り組み方を改善していたのだという。鈴木監督はたまたま通りかかったところ、部員同士で言い合いをしている場面を見たのだそうだ。
「正直ちょっと驚きましたね。自分が苦しいだけじゃなくて、チームの雰囲気とか仲間の様子も見て感じることがすでに出来ていたので。
1年生たちにもよく、『注意力と観察力を高めろ。それがプレーに生きてくるから』って選手たちには話しをしているのです。僕らのようなチームが試合で勝つには、まさにそこだと思うんですよね」
気が利くやつになれ――この日の練習でも、鈴木監督は何度も、その言葉を選手たちに伝えていた。
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「創部したばかりのチームで、この場所でしか経験できないことを選手たちには身に付けてほしいんです。練習時間も、実際にグラウンドが使えるのは、平日は週3日の1時間30分のみ。だからこそ、物事の捉え方や考え方を工夫しながら、チームを作っていってほしいんです」
その先に何があるのか――
鈴木監督は、具体的な目標でそれを語ろうとはしない。
「僕はこれまで日本一を目指す野球をしてきました。だけど、ここでは、目標は選手それぞれが持っていていいと思うんです。甲子園に行きたい選手もいれば、代打でもいいから一度でも打席に立ってみたい選手もいる。どんな目標でも、そこに向かって工夫しながら、3年間やり抜いてほしい」
そして、野球部員のその頑張りこそが、男女共学となったばかりの学校にも、活気を与えられるのだと、鈴木監督は考える。
「新入生約170人の生徒の中で、男子生徒は60~70人。その男子生徒の6人に1人が野球部なんです。元々は女子校だったので、女子生徒のパワーが強い校風の中で、まずは野球部が男子生徒を、そして学校全体をも盛り上げるきっかけになってほしいんです」
放課後のグラウンド。ラクロス部の練習が終わると、それまで学校の敷地内でウォーミングアップしていた野球部員15名が、僅か1時間30分のグラウンド練習を開始する。
すると、いつの間にか、校舎でぐるっと囲まれたグラウンドの横に、高校の教員たちや、通りかかった学生たち。そして、校舎の窓からは女子学生たちが、野球部の練習風景を眺めていた。
「一番ヘタで、一番マジメなやつが、作ってくれた野球部なんです」そう冗談まじりに、鈴木監督が話していたあの言葉が、ふと思い浮かぶような、まさに野球が好きで好きで仕方ないという表情でボールを追いかける15人の部員たちの姿を、学校の教員たちも生徒たちもどこか楽しそうに見つめていた。
創部4年目を迎える目白研心野球部。 彼らが、熱い風を吹かせてくれる日は、そう遠くはなさそうだ。
(文=編集部)