秋の兵庫県王者・社 「脳」を使い感覚を技術へ【中編】
昨秋の兵庫大会で初優勝を飾った社。近本光司外野手(阪神)や辰巳涼介外野手(楽天)の出身校としても知られており、卒業後も真摯に野球に打ち込み、力を伸ばす選手が数多くいる。
初出場ながら4強入りを果たした2004年春以来の甲子園出場を目指す、社のチーム作りは独特なものだった。
ブレインストームイングで『職人化』
岡本遥輝
「言葉からは入りたくなかった」という理由から、選手には『ブレインストーミング』というワードを伏せたまま、各ポジションごとにリーダーを設置。各リーダーと監督、また、各リーダーと選手たちとの間で技術、思考に関する対話を日常化することで、選手一人ひとりの『職人化』と『大人化』を図っていった。
前主将の藤田 空悟(甲南大)・副主将の深田 元貴(関西学院大)・松浦 佑真(佛教大)ら意志あるリーダーが牽引し、ポジション別ウオーミングアップからの練習を導入するなど、従来の練習のあり方とは一線を引く環境スタイルを模索し、築いていった。
ポジションリーダーは週単位で各ポジション練習を構築していく。新チームで三塁手のリーダーを務める岡本 遥輝(3年・副主将)は、「考えて成果が出ればとても楽しいし、成長にも繋がります。とても楽しく野球ができています。」と充実した表情で話す。選手が主体性を持って取り組むことが、思考力と技術力の向上を後押ししている。
「選手にはインプットとアウトプットについての話はよくしました。インプットは情報を左脳に蓄積する作業、そしてアウトプットを繰り返すことでそれが右脳に移行するらしいんです。右脳=(イコール)感覚ですが、いくら左脳に知識があっても、それをプレーに使い体現できなければ意味がない。アウトプットを繰り返すことで左脳にある知識が右脳に移行し感覚に変化、そして正しい練習を繰り返すことでプレー(技術)の体現性が上がっていくという理屈です。意志あるリーダーがたくさんいてくれましたので、練習に対する今までの感覚を全て変えて、夏に向かっていきました」
そして、2020年秋から2021年春に至るオフシーズンでは、フリー打撃は一切行わず、ひたすら個別守備、ポジション別守備、チーム守備、走塁、戦術、個別スイング、体づくりなどを追究し、選手一人ひとりに寄り添うことに時間を費やする。
「けっしてスムーズに行くことばかりではなかったですが、一人ひとりが確実に力をつけていきました。意志ある3年生とそれに応えた2年生、そして、それを見守り、随所に絶妙な協力を施す高原 大輝部長(2021年夏)・高木 雄也部長(2021年秋)・水野 淳副部長・吉田慎一コーチら、理解あるスタッフのおかげです」
ある程度部員数のいるチームならよく実施される班分け練習(A・B班などに分けて行う練習)についても、選手間でお互いを観る目が成熟しているため、「こちらの考えとずれることなく、(班分けは)主将と副主将を中心とした選手間で一瞬で決まります」
その結果、2021年夏の兵庫大会ではエース足立 幸(関西大)が故障で本調子ではない中、選手一人ひとりが助け合い、用意周到にベスト4進出。「各リーダーとの乖離はゼロでした」。選手と指導者が同じ考えで野球ができるようになっていた。
そうして、新チームとなり2021年秋の地区大会、県大会では全試合を2失点以下に抑え、防御率は0.57という堅い守りで初優勝。大会中、副主将かつ扇の要でもある笠井 康生(3年)は、寝る間も惜しんで相手打線を研究。その取り組みの成果は随所に発揮されている。
また、決勝戦の直後には驚くべき行動をとっている。明石トーカロ球場での閉会式を終えると、選手、スタッフは学校に戻ることなく、近畿大会の試合会場となる滋賀県皇子山球場近くに直行し宿泊。初戦の日程により、宿泊の可能性のある複数の宿舎の立地や造り、また、宿舎から球場までの動線、景色、更には球場の規格と風向き、太陽光角度などをも確認し、近畿大会に向けて準備を行った。
[page_break:近畿大会初戦にあった3つの選択肢]近畿大会初戦にあった3つの選択肢
後藤剣士朗主将
そして迎えた近畿大会初戦の日。当日は朝から不安定な天候となり、早朝に雨天順延が決定。山本監督は宿舎にてすぐさま3つの選択肢を選手たちに投げかけた。
学校に戻り練習。その後、再び宿舎に戻る。
(メリット→学校で練習。デメリット→バス移動往復4時間)
学校に戻り練習。その後。各々一旦帰宅し、翌朝、学校から皇子山球場に向かう。
(メリット→学校で練習・自宅や寮で睡眠。デメリット→翌朝(月曜日)の交通事情が不透明)
滋賀県内にとどまり、練習場所をお借りして練習。翌日は宿舎から球場へ向かう。
(メリット→宿舎を拠点に滋賀県内で練習させていただく。デメリット→2連泊となり体調面心配)
じつは、雨天順延が決定する直前、『その場合は…』ということで、滋賀短期大付・保木淳監督から連絡を頂き、滋賀県内で練習場所をあてがっていただけるという、普通ではあり得ないお話を頂いていた。すぐさまお世話になりたかったが、唯一、気になったのが選手の体調維持。あらかじめ、雨天をも想定しキャンセル料を承知の上で宿舎2連泊も押さえていたが、それだけが気がかりだった。
しかし、選手たちは最善を尽くすべく③を選択。意志ある1日を過ごすこととなり、このような場面に於いても高い組織力の片りんを見せていた。
助けて頂いた保木監督・水野 駿部長、また、安曇川高校・北大津高校の先生方への感謝の気持ちを持って初戦を迎えることとなる。
しかし、初戦の近江戦では10対11で敗戦。18年ぶりの甲子園出場はならなかった。
センバツを逃した悔しさは大きかったが、その翌日には朝から黙々と校内定期考査に向き合う選手たち。その姿に感銘を受けたテスト監督の先生たちは山本監督にその思いを告げている。
考査後のグラウンドでは、今まで以上に熱を入れ練習に打ち込む選手の姿があり、「勇気づけられます。悔しかったと思うんですが、立ち止まらずに行動する。誇りに思います」
「夏、秋でとても悔しい経験をして、今年の春、夏は負けたくない気持ちでいっぱいですので、チーム全体で勝ちに行こうと思います」と後藤 剣士朗主将(3年)は意気込む。夏の甲子園初出場に向けてチームは一体となっている。
言葉からは入りたくなかったという『ブレインストーミング』。そのワードや意味を正式に伝えたのはこの秋の敗戦後。新チーム全体でその取り組みがやや進行し、チームの成熟度がやや高まるタイミングを見計らっての計算だった。
そして、そのタイミングで岩崎和久コーチによる『SBT(スーパーブレイントレーニング)』を導入。更に強力な組織作りに取り組み始めた。
大脳生理学と心理学に基づき確立され、脳にアプローチすることで心の操作術を身に付けていく。ビジネス界でも注目されている手法で、それを技術の向上につなげていく。自立した人間の育成にも効果があり、選手が持つ能力を最大限に発揮することを目指している。
「野球の質で勝負できるようにしっかりと思考力と行動力を磨いて、チャレンジしていきたいと思います」
何度でも兵庫の頂点を目指していくつもりだ。
(取材=馬場 遼)