54年ぶり全国制覇で盤石となった作新学院を追う國學院栃木が崩せるか【栃木・2018年度版】
作新学院を追う國學院栃木、佐野日大の存在
2016年夏、甲子園優勝を決めた作新学院
2016年夏の甲子園を作新学院が54年ぶりで制して、改めて栃木の作新学院の健在ぶりを全国に示すこととなった。そして、翌年も春夏連続出場を果たすなど、安定した力を示し続けている。
全国でも屈指と言えるマンモス校の作新学院は、高校野球でも歴史的スポットライトを浴びている。1962(昭和37)年に史上初の甲子園で春夏連続優勝を果たしている。さらには、その11年後に江川卓(法政大→巨人)という超スーパースターを出現させて、メディアの注目を一身に浴びた。江川に関しては、今更述べるまでもないのだが、高校時代の、しかも春のセンバツでのピッチングは間違いなく甲子園史上最高の投手であると言われている。それは、同世代の多くの人が証言者としても意見を述べているし、今や伝説となっている。
もっとも、その年の作新学院は春は準決勝で広島商の奇策に敗れ、夏も圧倒的強さで栃木大会を制し甲子園には出場したものの2回戦で延長の末、銚子商に押し出しで敗れてしまった。
作新学院としては、その後80~90年代には一時的には低迷期もあった。しかし、小針崇宏現監督が2年生で出場を果たした2000年春以降、着実に復活。そして、05年春季関東大会を江川以来の32年ぶりの優勝で飾って完全復活。6年連続出場となった16年夏に再び頂点を極めたのだった。
なお、作新学院は軟式野球部も全国優勝8度を誇る強豪である。女子硬式野球部も誕生させて、グラウンドは硬式と軟式が並ぶような形に室内をメインに女子も加わってにぎやかだ。
近年、3年連続で夏の栃木大会で作新学院と決勝を争っているのが國學院栃木だ。県南部の栃木市に位置し、ラグビー部や女子バレーボール部は全国の常連校でもある。野球部は、作新学院と同時出場を果たした00年春に4強に進出している。しかし、以降はあと一歩甲子園には届いておらず、復活の出場を願う地元の期待も大きい。そして、17年秋季県大会でついに悲願の打倒作新学院を果たして優勝。関東地区大会でもベスト8に進出した。18年のセンバツには現在の柄目直人監督らがいてベスト4にまで進出した2000年以来、18年ぶりに選出された。
作新学院の低迷期の90年代に躍進したのが佐野日大だった。その後も力を維持し17年のドラフトでJR東日本でオリックスから1位指名を受けた田嶋大樹投手を擁して14年春には4強進出を果たしている。89年夏に、エースとして初の甲子園に導き、その後阪神入りした麦倉洋一監督が就任して、國學院栃木と共に作新学院を追う一番手の存在といっていいだろう。
[page_break:白鷗大足利、青藍泰斗の私学だけではなく、私学の活躍も見逃せない]白鷗大足利、青藍泰斗の私学だけではなく、私学の活躍も見逃せない
2017年のエース・北浦 竜次(白鷗大足利―北海道日本ハム)
さらに続く存在としては白鴎大足利が気を吐いている。近年では08年夏と14年春に甲子園出場を果たしているが、足利学園時代を含めて春1回、夏3回の甲子園出場実績がある。また、文星芸大付も一時代を築いた。03年に宇都宮学園から校名変更したが、06年と07年夏に連続出場を果たしている。宇都宮学園時代には1961(昭和36)年夏に初出場以来、88年には春夏連続出場を果たして、春は4強進出など作新学院を凌駕する時代もあった。
他には葛生時代の1990(平成2)年夏に出場を果たしている青藍泰斗や矢板中央なども上位を窺う。青藍泰斗は17年夏と秋に4強に進出。文星芸大付も夏には4強に進出している。
かつては宇都宮工や小山、宇都宮南が甲子園で準優勝を果たすなど、公立勢が活躍するという印象の栃木勢。近年はやや私学勢に押され気味だが、宇都宮工は02年春に、小山は03年夏に甲子園出場を果たしている。地元では「さわやか宇南」と呼ばれて人気のある宇都宮南は05年夏、08年春にそれぞれ出場を果たしている。02年夏には小山西が、13年春には宇都宮商も出場を果たしている。こうした実績のある公立校の活躍も県内を盛り上げていく。
16年秋季県大会では石橋が準優勝を果たして、作新学院の牙城に挑んで注目された。作新学院の全国制覇で、県内の高校野球関係者は大いに盛り上がっている。その一方で、作新学院を独走させないところが現れるのかというのも注目である。
私学勢を追う公立勢という構図もあるが栃木工、小山北桜、大田原、宇都宮北なども毎年強豪に食い下がるなど健闘を示しており、全体の質は確実に上昇している。
(文:手束 仁)