横浜DeNAベイスターズ 梶谷 隆幸選手
田中将大(駒大苫小牧出身)が東北楽天に1位指名(高校生ドラフト)された2006年、横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)から3位目で指名されたのが梶谷隆幸(開星出身)だ。同年夏の選手権に出場、1回戦で日大山形に敗れたが、二塁打を放ったときの二塁到達タイムが7.85秒という俊足で注目し、さらに軽快な遊撃手としてのフィールディングにも魅了された。そんな中、ただ1つ物足りなかったのがバッティングだった。
「課題はバッティングである。一言で言えばおとなしい。おとなしいぶん、クセがなく、プロの指導者にしてみれば『作りがいがある』ということなのだろうが、力強くバットを振るためにはそうしたらいいのか、という葛藤が見えてこない。一軍定着には時間がかかる遅咲きタイプかもしれない」
それが、2013年は、過去3年で3本だったホームランが16本に激増!その理由は身体作りに隠されていた。
さて、ここで、12年までの足取りを追ってみよう。
09年 試合22、打率.128(5安打)、本塁打1、打点2
10年 試合5、 打率.000
*イースタンリーグ→打率.251(90安打)、本塁打7、打点38、盗塁33(盗塁王)
12年 試合80、打率.179(40安打)、本塁打2、打点11、盗塁5、失策10
*春のオープン戦で13盗塁を記録(12球団中1位)
昨年までの6年間の通算成績は打率.169(45安打)、3本塁打、13打点、6盗塁(9盗塁死)。殻を破れていない様子が如実に伝わってくる。そのあたりから話をしていただいた。
一番重点を置いているのは手さばき
横浜DeNAベイスターズ 梶谷隆幸選手
梶谷 隆幸選手(以下「梶谷」 僕は前に出されやすかったので(スウエーするということ)。それでいて器用貧乏というか、当てにいってセカンドゴロ、ファーストゴロというのが非常に多かった。それをなくすため後ろに体重を置いて、空振りできるようにしました、変に当てないように。あと一番重点を置いているのは手さばきです。
――前か後ろか、利き手か引き手か、ということですか?
梶谷 バットの出し方です。細かくなるんですけど。
――タイミングの取り方なんていうのはどんな感じですか?
梶谷 タイミングはもう感性です。
――どっちかというとやっぱり足で取るわけですよね。
梶谷 僕はバットですね。右足でも取っているんですけど、それはまあ何となくで。タイミングは特別どう取ろうとかは考えてないんです。でも、振り出すときと振り方というのはすごく意識しています。打ちにいくまでに1回ヒッチさせて。こうやって打ったほうが勢いがつくので(と言ってグリップを下げて→上げる動きをする)。ちょっとだけこうしてヒッチさせてから、レベルよりちょっとアッパー気味に振るというイメージです。
――ヒッチもアッパーもよくないことと言われているけど自分には合っていたわけですね。
梶谷 基本とか好きじゃないので。それがすべての人に合っているとも思わないので。
――どっちかというと強く振るということが自分の中で強い?
梶谷 そうです。どうやったら力を伝えられて、どうやって遠くに飛ばせられるかというのを。これまでケガが多くて、ケガしている時期にずっと考えて。
その結果、R.カノ(ヤンキース)、J.ハミルトン(エンゼルス)などメジャーリーガーのバッティングに行き着く。つまり、「下からかち上げる感じで打って」というパワーヒッティングである。この打撃改造は劇的な変化をもたらした。
[page_break肉体改造で飛躍的な成績をあげた2013年]肉体改造で飛躍的な成績をあげた2013年
<13年 試合77、打率.346(88安打)、本塁打16、打点44、盗塁7>
それまで3本のホームランしか打てなかったのが1年間で16本も記録したのである。打撃改造とともに、この変身をもたらした大きな要因がウエートトレーニングによる肉体改造である。ここからの話にも驚かされた。
梶谷 自主トレを3年間、石井琢朗さん、内川(聖一)さんとやってたんですけど、何の成果も出なくて。それでも技術だけは勉強させてもらいました。高校のときからアスリートというジムで筋トレをやっていて、その社長(平岡洋二氏)に「すごい選手と自主トレをやってきたけど何か変わったのか、成績が出てないじゃないか」と言われて。4年目のオフからウエートに重点に置くようにしました。体が変わらないとプレー自体も変わらないと言われて。
――高校時代から通っていたジムですか。
梶谷 はい。開星高校って冬場のランニングが一切ないんです。ずっとウエイトです。ピッチャーは別かもしれないですけど、走って何がよくなるかといったら肺活量と根性ぐらいじゃないですか。肺活量は野球選手に特別必要ないので、それだったら筋トレでパワーをつけて、ランニングは足が落ちない程度にやればいいのかなというのが僕の感覚で。昔からランニングは文化的にありますけど、僕らの高校はずっとウエイトでした。
――具体的なメニューを教えてください。
梶谷 部位でいうと胸、背中、足で分けるんです。それを1日ずつサイクルで回して、だいたい足、胸、背中の順番ですね。それを1週間のうち休みの火曜日以外は「6日6勤」みたいな感じで、1週間に2回ずつやるという形で回しています。
――胸、背中、足を特定してその部分だけを?
梶谷 MAXでやるのでだいたい10回ぐらいを目安にあがる。去年の数値だったらスクワットが160キロで10回ぐらいをフルでやります。ベンチプレスが100キロで7回とか。昔からやっていたけれども、これをまたやろうかなと。
――去年(2012年)はまだ成果としては出なかったという感じですか?
梶谷 もちろん野球の技術もあるので。飛ばし方だったりバットの出方だったり、そういうのがまだ自分の中で確定されていなかったからウエイトしても伝え方がわからなかったのかなと、今になって思いますけど。
――では、肉体的な成果はもう去年から出ていたんですね。
梶谷 そう思います。あとは伝え方とか野球の技術の問題で。
追い求めたパワーヒッティング
梶谷選手の頑固さは筋金入りである。昨年まで結果が出ていないから周りからはいろいろ言われるが、それでもウエイト中心の信念を貫き通し、パワーヒッティングの理想を追い求めた。それらのことを梶谷選手の言葉で紹介したい。
梶谷 バットを上から出せと言われたし、バットを短く持てというのも、足が速いんだからあっち(逆方向)に流して内野安打でもいいじゃないかとも言われて。全部聞き入れなくて、結構頑固なところがあるんです。その場限りだけやって、あとは聞かないみたいな。
人の言うことは基本的に聞きたくなかった。一応はやりますけど、自分に合わないと思ったらすぐ捨てます。教える人からしたら印象は悪いかもしれないですけどね。
――中畑清監督は何と言っているんですか?
梶谷 とくに言われないです。『手を離して打つな』とか『もうちょっとグリップを上げたほうがいいんじゃない』とか『こういう感じで出せ』と言われますけど、僕は聞かないようにしています。監督の中ではそれがいいと思うかもしれないけど、僕は違うんじゃないかと。責任を取るのは自分なので。
―― 最後に、今高校生に戻れたら何をしますか?
梶谷 もっと飯を食っておけばよかったかなと思います。ずっと細かったので、高1で63キロ、甲子園のときは73キロでした。ウエイトをやって体重を増やしても脚力は変わらなかったですね。むしろ垂直跳びは上がりました。(ウエイトをやると体が固くなるとか体が重くなるからと言ってやらないという人がいます)僕もそういう感覚だったんですけど、あなたはやったことあるのかと。体重を増やして動けなくなったと言われたら考えますけど、ちゃんと鍛えて体重を増やして走ってみてどうかというのはわからない。どこがベストの体重なのかもわからないですし。だからとりあえず増やして、走れる体にしたいとは思っています。
梶谷選手、ありがとうございました。皆さんに梶谷選手の熱い心は伝わったでしょうか。
(インタビュー=小関 順二)