第7回 女優 磯山さやかさん2007年12月19日

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※写真は錦城高校です。
インタビューとは関係ありません。

――半強制入部ですね(笑)

「磯山」 そうですよ。最初は半強制で始りました。それでも3年生の先輩の夏の大会の時は、もう一生懸命やっていました。先輩たちの男泣きを見て「これは凄い!!」と思いました。自分も感動して泣いていたら、監督に呼ばれて「お前らなんで泣いているんだ!!」って凄く怒られました。(当時のマネージャーは2年と1年生だけだったそうです。)

 「お前ら3年生の3年間を見ていないだろ。なのに泣くんじゃねーよ!!」って。確かに知らないけど、そこまで怒らなくても…と思いつつ。確かにそうだなって(思って)じゃ、一緒に入部したメンバーを最後まで支えようって決意しました。だから本当の意味で決意をしたのは1年の夏の大会ですね。

――なるほど。大きなきっかけだったんですね。では最後は一緒にベンチに入られたのですか?

「磯山」 高校2年からこの仕事を始めたんですけど、ちょうど仕事と重なってしまったんです。休みをとっていたのですが、その日が雨で順延になってしまったんです。夏の大会って梅雨の時期だったりするじゃないですか。最後の試合だけ見れなかったんですよ!

――それは心残りですね。

「磯山」 ホントそうですよ!一緒の代で高校3年間やったマネージャーは私しかいなかったんですよ。みんな辞めたりとか、途中から入部したりとかだったんで。3年間やってきて最後だけこんな形で見れなくて。ホント悔しさと申し訳なさと…悔しかったですね〜、とにかく!!現場で泣きました。お母さんに実況中継してもらって。しかも負けた相手が練習試合で勝っているチームだったんです。勝てると思っていたからビックリしました。練習試合やジュニア大会・県東地区大会でも結構強いチームに勝っていたので。

――大会初戦はどのチームも緊張しますからね。

「磯山」 そうですね。本番に弱かったのかな。ショックでした…。

根っからの野球好きが伝わってきました。

――3年間マネージャーをやって良かったなって思う事はなんですか?

「磯山」 今から振り返って、良かったと思う事はいろいろあるんですけど…礼儀とか。目上の人に対する態度とか。社会で生きる上での最低限のルールは身に付いたと思います。監督が厳しかったので、挨拶、言葉使いを直されて、直されて。「これは社会に出てから大切な事だからやっとけ。」って。

 でもその当時はホントにめんどくさかったです。例えば、他の高校の監督さんにお茶を出したりするのも、高校生だから、(作法とか)あんまり分からないじゃないですか。そういう事も徹底的に教えてくれた事で礼儀とかも身に付いたと思うし、そういう面で良かったと思います。体力面でも強くなって。根性とか忍耐力も付きました。

――芸能の仕事との両立は大変だったのではないのですか?

「磯山」 仕事に関しては学業優先にしてもらっていたので。仕事は週1、2回なので、それ以外は部活に出てました。大変でしたね。

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プロフィール

磯山さやかさん
  • 生年月日:1983年10月23日
  • 鉾田二高 硬式野球部所属
    特技:スコアブックを付ける。
  • ドラマ・CM・映画・バラエティと多方面に活躍中
    書籍:「磯山さやかの『女子マネ』野球主義
    (ゴマブックス)06年
    写真集・DVD等も多数出版
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