目次

[1]明確な目標をもって量をこなす
[2]
エースへのルーツは勉強にあった

 先日、徳島インディゴソックスから特別合格となった150キロ右腕・吉村 優投手。高校野球屈指の名門・早稲田実業でエースを任され、最後の夏はベスト8進出。早稲田大進学後は、米式蹴球部に入り、アメリカンフットボールに挑戦し活躍した異色の経歴を持っている。

 前回は高校1年生までの歩みに迫ってきたが、今回はその後、エースになるまでの道のりに迫った。


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明確な目標をもって量をこなす


 2年夏の西東京大会では公式戦デビューを果たすなど、投球で勝利に貢献して決勝進出。決勝戦ではライバル・東海大菅生に決勝で勝利し、甲子園行きの切符を掴んだ。

 優勝の嬉しさはもちろん、「自分の目標であるエースで全国制覇に近いものを間近で体験ができましたので、目標がより具体的になりました」と自身が描く目標設計のなかでも、西東京大会優勝は大きかった。

 甲子園へ進むと当時主将だった加藤 雅樹捕手(現東京ガス)、そして怪物1年・清宮 幸太郎内野手(現日本ハム)を中心とした強力打線でベスト4進出。優勝とはならなかったが、甲子園を存分に味わった。

 最高の舞台を知ったこと、そして想定よりも早くベンチ入りをした吉村は、最後の1年で「エースナンバーを背負う」ことを目標に、練習に打ち込んだ。

 休み時間の10分間でもシャドーピッチング。練習でも、ただ投げ込みをするのではなく、シート打撃での登板を志願。練習試合でも、「どんなテーマで投げるのか考えたうえで、前日の過ごし方を決めました」とより明確に定性、定量ともにこなせる練習を重ねて自信を深めた。

 そして6月に開催された招待試合から背番号1をつける機会が増えていくと、ついに最後の夏にエースナンバーを渡された。

 打線は1つ下の清宮、さらに2つ下には現在ソフトバンクで奮闘する当時1年・野村 大樹内野手と、充実の戦力。最終目標であるエースナンバーをつけて全国制覇する、という夢をかなえるためには、吉村はじめ投手陣がどれだけ奮起できるか。図らずも、自身の投球がポイントとなり、「エースとして持てる力を発揮しよう」と意気込んで臨んだ。

 大会は順当に勝ち上がっていくが、準々決勝・八王子の前に止められた。
 先発したものの、5回途中で吉村はマウンドを後続に譲りベンチへ。直後、逆転を許し、そのまま試合をひっくり返すことができず、4対6で敗戦した。目標だった全国制覇のための甲子園にも手が届かず、高校野球3年間が終わった。

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