目次

[1]俊足を生かす走塁技術を身がした中学時代
[2]昌平で磨き上げたバッティング


 打率.524、出塁率.565はチームトップの数字。OPSも1.422という高い数字をマークしているのが強力・昌平打線を牽引するリードオフマン・千田 泰智主将だ。

 50メートルを6.1秒で駆け抜ける走力を武器に、1番打者として打線の火付け役を担い、チームの決勝進出に大きく貢献した。そんな千田のこれまでの足跡とは。

俊足を生かす走塁技術を身がした中学時代


 サッカー少年だった千田は、3つ上の兄の影響で小学1年生から新所沢ライオンズで野球人生を始めた。「野球を体験したら楽しかったので始めました」とのことだったが、その時から外野手として活躍するようになった。

 この時から脚力には自信を持っていた。何と50メートルは7秒を切るかどうかのタイムを叩き出していたのだ。そんな走力を持っていたこともあり「周りから『犬』とか言われていましたね(笑)」と当時のことを懐かしそうに振り返る。

 千田は小学生の時は「どんどん盗塁をしたり、隙を狙ったり常に先の塁を狙ってバッターに帰してもらえるようにしました」と語る。

 その後、千田は硬式野球の武蔵狭山ボーイズへの入団を決意。

「中学では高いレベルでプレーをしたかったんです。そこで武蔵狭山に行ったときに褒められたのがきっかけです」

 同級生には健大高崎戸澤 昂平がいたが、当時の3年生が引退するまではランニングや素振りなど、基礎練習を中心に積み重ねて体力を付ける日々だった千田。そうすると1年生の秋にはベンチ入りを果たし、自分たちの世代が中心になると、レギュラーとして活躍することとなる。

 すると、試合を通じて千田の走塁技術を支える考え方が育まれていく。まずは盗塁に対する千田の考え方だ。

「いけると思ったら怒られてもどんどん行こうと考えていましたが、必ずベンチでピッチャーの癖を見るようにしました。そこでピッチャーがどこの部位から動き出すのか。そして牽制の時間とかを見て、そこから考えていくようにしました」

 そして走塁技術についてだが、カギになったのは事前準備だった。

「自分は打球が上がった瞬間の一歩目が大事だと思うんです。ここがホームインできるかどうかが決まると思うので、大事にしてきました。その一歩をしっかり切れるように、塁上で相手の守備位置をしっかりと確認します。そこから打球の角度や伸びを見て、守備位置を想像してスタートを切るようにしました」

 中学時代、千田は50メートル6.4秒をマークする脚力まで成長したが、そこに加えて技術を身につけてダイヤモンドを駆け巡った。

 さらに、千田は3年生の時に鶴岡一人記念大会の東日本ブロックに選ばれた。ここには大阪桐蔭仲三河 優太作新学院横山 陽樹など同世代で全国の舞台を経験するメンバーとプレーする機会もあった。

「レベルが違いましたが、いい経験になりました。全員力には自信を持っている選手で自分の野球を持っていました。しかし自分も自分の野球があったので、それで勝負をしました」

 一方で、「このままでは高校野球では走れないな」と不安も感じながら昌平へ進学した。

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