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[1]体づくりに取り組み高校入学から1年半で14キロもスピードアップ
[2]大エースとして活躍した2年秋。飛躍を生んだ兄のアドバイス

[1]体づくりに取り組み高校入学から1年半で14キロもスピードアップ
[2]大エースとして活躍した2年秋。飛躍を生んだ兄のアドバイス


 U-18代表に選ばれ、完成度の高さを評価されている大型右腕・前 佑囲斗津田学園)。最速152キロのストレートと切れ味鋭いカットボールをコンビネーションにした投球は完成度が高く、特に勝負所のピッチングは素晴らしいものがあり、「勝てる投手」を体現した投手だ。2年生秋から不動のエースになり、東海大会準優勝、そして3年の春夏は甲子園出場に導いた。

 そんな前だが中学時代までは無名投手。いかにして日本代表に選ばれ、ドラフト候補として注目される存在になったのか。その軌跡を振り返っていきたい。

体づくりに取り組み高校入学から1年半で14キロもスピードアップ


 前は小学校1年生から野球を始め、投手を始めたのは3年生から。当時はいろいろなポジションを経験し、投手を本格的に始めたのは津ボーイズからだ。当時から制球力が優れた投手で、中学3年時には、「三重県選抜」に選ばれ、全国大会に出場する。

 そして、津田学園でプレーしていた2歳年上の兄・恵弥さんの存在に憧れ、津田学園進学を決める。

 津田学園入学後、2学年上のエース・水谷 翼(現・中京大)に刺激を受ける。182センチ88キロの体格から140キロ台の速球を投げ、さらに主力打者である水谷の存在は1つの目標となった。

「僕から見れば、やっぱり1番凄い選手達だったので、『早く追いつけるように』と日頃からその選手達を見ながら練習していました」
 そして1年生の秋からベンチ入りを果たし、「体を大きくする」ことをテーマにして地道にレベルアップを目指した。

 投手指導は佐川竜朗監督から指導を受けた。佐川監督から常に指摘されていたのは、「強く腕を振らないと球もいかないし、スピードも上がらない」ということだ。
「まずは、腕を強く振れる体に仕上げる為に走り込みやトレーニングを多く取り入れた。ブルペンでは『コントロールはつかなくてもいいから、全力で投げろ』とよく言われました」

 ただ実際、腕を強く振って勢いのあるストレートを投げるのは非常に難しい。そこで、前は立った時のバランスを大事にしていた。
「立つ時のバランスが1番大事だと思っています。投げる前に、まず立つところからしっかりと確認して、それからフォームに入るということを意識していました」

フォームの改善と並行しながら、体づくりに取り組み、2年生の夏には入学から14キロもスピードアップし、142キロを計測するまでになったが、2回戦の四日市に敗れてしまう。
「2年生の夏に僕が投げて負けたのですが、それが悔しかったので、『もっと強い選手になりたい』という気持ちが強くなりました」

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