目次

[1]全国大会で実感した自分の未熟さ
[2]全国の舞台で通用するための課題

 好投手が多い明豊だが、潜在能力では一番なのが狭間 大暉(たいき・新2年)だ。177センチ77キロと均整がとれた体格から投げ込む速球の最速は140キロを計測する。
 川崎絢平監督は「まだ課題は多いですが、将来的に140キロ後半~150キロを投げられる潜在能力の高さはあります」と評価されるように、角度良く振り下ろすストレートの勢いは大きな可能性を秘めている。

全国大会で実感した自分の未熟さ


 才能は中学時代から光っていた。小学校1年生から野球をはじめ、彦ノ内少年野球部に入部した狭間は小学校4年で投手をスタート。津久見市の大分南シニアに入団すると1年冬には129キロまでスピードアップ。その後、体幹トレーニングを中心に行っていき、みるみると球速を高めていく。

 また狭間にとって成長のきっかけになったのが、2年冬の台湾遠征だ。九州選抜に選ばれた狭間は、台湾の舞台で台湾の強豪や各県の選抜相手に登板。2試合を投げて、計10イニングで4失点とまずまずの成績を残した。

 「2試合とも台湾のチームに投げたのですが、甘い球を打たれる怖さを実感しましたが、厳しいコースを投げ続けて抑えることができました」

 この経験を糧にトレーニングに打ち込んだ狭間は中学3年生になると、最速138キロをマーク。エースとしてチームを牽引し、全国大会に出場したものの、初戦敗退。

 「速いだけでは通用しない。全国の厳しさを実感しました」と振り返る。そして明豊に進むきっかけとして、「大分から日本一をとりたい」と思いで明豊に入学を決めた。投手を担当する赤嶺部長、豊田コーチから投手のスキル、トレーニング方法などを学び、1年秋にベンチ入り。球速も140キロに達した。



ピッチング練習をする狭間大暉

 狭間の投球フォームで特徴的なのがステップ幅が狭く、角度良く振り下ろすオーバーハンドであること。狭間自身、角度あるストレートを投げたい思いがあった。

 「重心を下げすぎると角度がなくなってしまうので、勿体ないと思っていて、それで重心を下げないフォームで投げることを重視しています。そのため、マウンドの傾斜を使って投げることを大事にしています」

 そして狭間にも大舞台で投げる機会が巡ってきた。神宮大会出場がかかった九州大会決勝だ。

 「同級生の若杉が頑張っていたので、なんとか優勝したいと思っていたんですけど、うまく投げきれなくて悔しかったです」

 3回を投げて1失点の力投だったが、狭間自身は全く満足していない。全国レベルの強豪校に通用するために、今、何が足りないのかを実感する試合だった。

PHOTO GALLERY フォトギャラリー

写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。