目次

[1]同期には多くのライバルが 自分の武器を見出してベンチ入り
[2]6月の招待試合で128キロ。エンジン全開で夏に144キロ


 今年のドラフトでは大阪桐蔭根尾 昂藤原 恭大の2人が注目されるが、大阪桐蔭OBとして指名を期待されるのが平尾奎太(Honda鈴鹿)である。高校時代は藤浪 晋太郎(阪神)、澤田 圭佑(オリックス)に続く大型左腕として春夏連覇を経験している。平尾は高校時代には難病を乗り越えて、社会人野球を代表する左腕までに成長した。そんな平尾の歩みを追っていく。

同期には多くのライバルが 自分の武器を見出してベンチ入り

――まず大阪桐蔭に入ったきっかけを教えてください。

平尾 奎太投手(以下、平尾):地元が大阪で色んな高校を見学しましたが、地元で甲子園に出たいのと、小学校5年生の時に平田 良介さん、辻内 崇伸さんが甲子園ベスト4だったり、中1の時は中田 翔さん、中2の時に浅村さんの代で全国制覇していたり、高校野球を見ていた時期に毎年のように活躍をしている高校が大阪桐蔭だったので、やっぱり地元の強豪校でエースを取って甲子園に行くのが目標だったので決めました。

―― 実際に入学してみてどうでしたか?

平尾:まず、先輩方のシートノックのスピード感が全然違うのと、自分は軟式から硬式に上がって始めの頃は上手く投げれなかったりしたのですが、硬式上がりの同級生は速い球を投げていたので焦りもありましたし、すごいところに来たなという感じはありました。

――同級生には藤浪選手とか澤田選手がいましたけど、彼らはご自身の目から見てどうでしたか?

平尾:もちろんすごかったんですけど、どちらかと言うと澤田の方が完成していたと言うか、コントロールも当時から良かったですし、球速も140キロ超えていましたし。そのほかにもすごい投手がいたんですけど、藤浪だけじゃなくて他にも良いピッチャーがいましたね。

――平尾選手はどうアピールしてベンチ入りを目指していましたか? 

平尾:左ピッチャーなので、同級生には凄い右ピッチャーがいたのでやっぱりメンバーには左も入るだろうと。勝手な予想ですけど、左ピッチャーの中で戦おうという感じでしたね。元々はスピードを売りにしていたので、スピードで強気なピッチングをしていくことを目指していました。

――2年の春にベンチ入りをしたところでピッチングは良い感じでしたか? 

平尾:良い感じではありましたが、まだまだばらつきのある感じで未熟だったんですけど、打撃陣が凄い打ってくれるので、勝ち投手になったり、大阪大会でも3回ほど先発をさせてもらっていました。

――当時は140kmくらいは出ていたんですか? 

平尾:いや、当時はそこまでは出ていないと思います。2年の時は130キロ後半くらいですかね。

――秋に病気を患いましたが、何月頃になったんですか? 

平尾:9月頃にわかったんですけど、全然自覚症状がない病気でした。学校の尿検査で分かったんです。

――西谷先生に相談した時はどういう風に? 

平尾:相談というか検査結果で即入院と言われました。すぐに入院が決まって検査して難病というのが分かって、相談をしている暇もなく、練習をしている中で急に入院という感じでした。自覚症状もないし、全力で練習を出来ているし、普通に走り込みも投げ込みも出来ていたので、なんで入院なんやろうと。

――――段々、自分でも病気だってことはわかってきたんですか? 

平尾:いや、自覚症状は最後までなかったです。

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