目次

[1]投手としての本格的練習は高校に入ってから
[2]143キロ…不整地走が球速と制球につながる
[3]ドラフト前のトレーニングの大切さ

 田中 瑛斗はドラフト候補として、プロ野球全12球団から調査書が届くほどの注目を浴びるほどまでの投手になった。甲子園経験はない。中学まで続けた軟式野球でも県大会レベルと、目立った成績は残していない。中学のポジションはショート中心で、ピッチャーとしての経験は少なかった。高校入学後。ピッチャーとして自信をどのように身につけてきたのか。そこには選手とコーチの両方でプロ経験のある定岡智秋監督との出会い。独自の走り込みにあった。


投手としての本格的練習は高校に入ってから

田中 瑛斗(柳ヶ浦)

 大分県中津市出身。兄の影響で小2から野球を始めた。市内にある中津中でも軟式野球部に所属した。

田中瑛斗選手(以下、田中):中学時代は実績もないし、そんなに目立つ選手ではなかったです。でも、柳ヶ浦なら自分を成長させてもらえると思って選びました。

 そんな田中に手を差し伸べるきっかけを与えたのは定岡智秋だった。田中が中3の時、定岡は九州総合スポーツカレッジでヘッドコーチをしていた。まだ、柳ケ浦高校の監督に就任する前の話だった。

定岡智秋監督(以下、定岡):宇佐市やその周辺の中学生を見てほしいと頼まれました。その時、3人ほど能力の高い子がいました。田中はその1人でした。打つ・投げる・走る。全部が良かった。腕の振りがいいし、ひじの使い方が柔らかかった。

 田中が高1の8月の時だった。定岡は同校の監督に就任することになる。高校入学まで、田中のピッチャー経験は浅かった。

田中:中学で少しだけピッチャーをやったぐらいです。でも、その時に楽しいと思ったこともありました。いずれは、やりたいと思っていました。

 日本ハム在籍時のダルビッシュ有をヤフオクドームで見て、投手への憧れはあった。高校入学後に念願が叶って投手を志した。ただ、そこには難題も立ちはだかる。

田中:経験もなかったので、何の練習をすればいいのか分かっていませんでした。投手としての基本は何も分かっていません。カウントごとに、どんな球を投げたらいいのか。そんなことから教わりました。

 定岡監督から「投げ方の指導は、ほとんど受けていない」という。肘の使い方などの長所を生かしながら、指揮官から「投手のあり方」「練習の取り組み方」を学ぶことになる。

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