徳島インディゴソックス・入野 貴大投手&殖栗 正登トレーナー 対談 Vol.2
第2回は、NPB・MLBのウエイト事情に迫りながら、殖栗 正登トレーナーと入野 貴大投手の2人が実際に取り組んだトレーニングメニューを振り返っていきます。速球投手を目指したい球児には興味深い内容が満載です。
MLB・NPBの「ウエイト」事情
【入野 貴大投手と今季取り組んだことを実演する徳島IS・殖栗 正登ストレングス&コンディショニングトレーナー】
――入野投手の感覚(「いい筋肉痛」で投げると調子がよかったりする:Vol.1参照)は殖栗トレーナーから見てもOKなんですか?
殖栗 OKです。僕もNPB・MLBのトレーナーとも話をし、様々なデータを見ながら10年この仕事をしてきたんですが、たとえばMLBのクローザーは、試合中1回から5回までの間にウエイトをしているんです。
――そうなんですか?
殖栗 はい。セットアッパーは球場入りを早めにして、試合前にウエイトをしています。NPBでもこの方式を採用しているチームもありますし、一番多いのは、3連戦が終わった日の夜にスタジアム内のウエイトルームでウエイトをするんです。MLBはNPBよりさらに試合数が多いですから、ウエイトは週2回。上半身と下半身に分けて行いますが、クローザーやセットアッパーはそんな感じですね。
――実際、それで大丈夫なんですか?
殖栗 僕もそれを聞いたんですよ。そうしたら入野と全く同じことを言っていました。「ちょっとハリのある方が肩関節も絞まって障害予防にもなるから、全く問題ない。MLBはどのチームもほとんどそうだ」ということです。
――入野投手、そうなんですか?
入野 専門的なことは判りませんが(笑)。少し引っかかる感覚の方が僕はよかったです。
殖栗 チームには監督・投手コーチ・打撃コーチ・守備走塁コーチがいらっしゃるので、僕らの仕事は野球の専門的なパフォーマンスを上げていくために、それに必要な筋力を、このリーグであればオープン戦含め100試合を闘う中で維持していくことなんです。
となると、シーズン中にも「維持するトレーニング」を入れていかなくてはいけないんですよ。
先発投手であれば中6日の間でウエイトや筋力維持を入れていくんです。ただ、入野の場合は「150キロに球速を上げる」という明確な目標があったので、そこに強化トレーニングが入ってきました。
「ハイインテンシティトレーニング」と「物理の原理」で果たした150キロ
殖栗 正登トレーナー
――殖栗トレーナー、この「強化」はどの時期に入れたんですか?
殖栗 主には開幕前。シーズン中も雨が降ってグラウンドでの練習ができない時はこのトレーニング場で入れていきました。15種目のサーキットトレーニングを3周。本来ならば11月か12月に入れる練習です。
「ハイインテンシティトレーニング」というんですが、2月からはじめて4月までかかってしまったんですが、入野については、これを入れた上で疲れが取れたシーズン中盤に150キロを出せればいいと思っていました。投手陣は本当にキツかったと思いますよ。
入野 キツかったですね。
殖栗 でも、みんな頑張っていたと思います。みんな「身体を大きくしなければいけない」という意識はあったと思うんです。それが頑張りにつながったと思います。
――その他に「150キロ」を投げるために加えたものはありますか?
殖栗 入野は常時145キロから147キロを投げる投手でしたから、ここからプラス5キロ。そうなると、150キロに達するためには運動エネルギーの割合を「5%くらい」上げればいい計算になります。そうすると運動エネルギーの公式は「2分の1×質量×加速度の2乗」ですから。
――高校物理の授業でそれ、やりました(笑)
殖栗 単純に言えば、この公式の中で5%の割合をどこで上げるかなんです。質量=体重を上げるか。それとも加速度か?ということになります。
加速度は長い距離で大きな力を加えていけば上がりますから、リリースポイントの位置を5%前にするか、胸の張る位置を5%後ろに持っていけばいいんです。または腕の振る速度を5%速くする。何かの要素を5%上げればいいんです。
入野投手は藤浪 晋太郎並みに最大外旋角が取れる投手
――では入野投手の場合は、具体的にどこを鍛えていったのでしょうか?
殖栗 入野の場合はフォームが完成されている投手なので、改善する部分は身体の前傾角度を変え、リリースポイントを5%前に持っていく。この話をして、そのためのトレーニングを入れました。長い棒をかついで前に持ってくるトレーニングとかです。
筋力的には腕の振りを速くするか、接地した後の骨盤の回転速度を速くするか。そうなるとトレーニングメニューは絞られてくるわけです。
まず絶対的な筋肉量を上げることが必要。そうすれば、腕の振りが速くなる可能性が出てきます。同時に背筋力を上げれば回転速度が上がってくる。それと柔軟性。これが付くと胸が張れるようになる。
入野 貴大投手
――そのアプローチには、どんな方法を用いたのですか?
殖栗 投手陣には色々な角度からビデオ撮影をした後、PCに落として見せながら話をしました。シーズン前の入野は背筋力がNPBレベルよりは弱かったので、接地した後に身体が前に突っ込む傾向があったことが判りました。
その一方で入野はテイクバックを取った時の胸の張りが非常に強く、最大外旋角が取れる投手なんです。藤浪 晋太郎(阪神)は体幹が強く、120度から130度は最大外旋角が取れる投手と言われていますが、入野もそれに近いくらいの最大外旋角を持っている。「硬い筋肉を瞬間的に伸ばし、強いバネで戻す」そんなタイプです。
ですから瞬間的に収縮する上半身を鍛え、胸の可動域と腕の振りを速くすれば球速は上がると思っていました。下半身は垂直跳び70センチも跳ぶなどNPBでもトップレベルですし、フォームについてはいまさら変えられるものではありませんし、島田監督の分野「今あるものに、いかに追加するか」を考えました。
メニューとしてはストレッチや、壁を支えに片脚立ちして、もう片方の脚をグルグルと回すようなトレーニングなどです。
――このようなアプローチからのトレーニングで入野投手が感じたことはありますか?
入野 僕が特に大事だと思ったことは可動域と股関節ですね。最初、これらのトレーニングを始めたときは「これ、本当に練習なのかな?楽だし、ストレッチじゃない?」と思ったんです。でもだんだん、「これがピッチングにつながっていくのかな?」と思えて、投げていても「この微妙な角度が球速につながっているのかな」と思えるようになりました。この積み重ねが150キロにつながったと考えています。
入野投手は、殖栗トレーナーに出会うまでシーズン中にこれほどトレーニングをしたことはなかったようです。物理の仕組みから考えたトレーニングにより、入野投手の念願の150キロへ一歩ずつ近づきます。最終回では、150キロを到達したエピソードとNPB入りを叶えた入野投手が、殖栗トレーナへ感謝の思いを告げます。最終回もお楽しみに!
(インタビュー・寺下 友徳)