目次

[1]力を全て出し切れた最初で最後の甲子園
[2]高校時代に盗塁を刺されたのは一度だけ
[3]植田海が目指すショート像とは?
[4]打席での意識はあくまでも「センターより右」

 今年、甲子園で一気に評判を高めた植田 海選手。小柄ながら走・攻・守の三拍子揃ったプレースタイルはスカウトから高く評価されている。植田選手から今までのエピソード、自身がウリとする走塁、守備にちて、そしてドラフト目前に迫った心境を語ってくれた。

力を全て出し切れた最初で最後の甲子園

植田 海選手(近江高校)

――滋賀県甲賀市で生まれ育った植田選手。野球をはじめた時期はいつですか?

植田 海(以下「植田」) 小2のときに「甲南第二スポーツ少年団」という地元の軟式少年野球チームに入団しました。

――小学校のときのポジションはどこだったのですか?

植田 ピッチャーとショートですね。

――中学時代は硬式クラブチームに所属していたんですよね。

植田 そうです。硬式チームでやりたいという思いがあったので、学校の部活ではなく「湖南ビックボーイズ」というチームでプレーしていました。

――中学時代のポジションはショートですか?

植田 中学以降はショート一本です。

――高校は山梨・日本航空高校に進学しますが、一身上の都合で1年生の2月に自主退学。2年生の4月に近江高校に入学します。

植田 野球ができなくなるかもしれないという不安があったので、近江高校で野球を続けられることになったときは本当に嬉しかったです。転向した選手は一年間、公式戦に出られないことはわかっていましたが、野球ができる喜びを思えば、小さなことでした。公式戦に出られるようになる3年春に絶対にレギュラーを獲るんだという気持ちで、日々取り組みました。

――そして3年の春、レギュラーを獲得し、夏の甲子園大会にも出場。植田選手自身にとっては、最初で最後の甲子園のチャンスを見事にものにしました。

植田 何が何でも3年の夏に甲子園にいきたいと思っていたので、よかったです。あれだけの大観衆の前でプレーできたことは財産。緊張はありましたが、楽しさのほうがはるかに勝っていました。甲子園で自分の力を全部出し切れた感覚がありました。


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