上武大学・後編 「主体性のある人間へ」
前編では2013年度の大学選手権のエピソードを交えながら、当時の4年生の熱い思い、そして選手と監督が直接コミュニケーションを取る重要性をお伝えしました。
後編では180人を超える大所帯でも纏められるコミュニケーション術と、そういった指導を通じて、谷口監督が選手たちにどんな人間になってほしいかについて語っていただきました。
秋のシーズン後に欠かさず行う個人面談
監督さんと面談する時、使った目標シート
監督と直接ミーティングできる機会があるとはいえ、それでも180人を越えるチームである。全員の前で話すことはできても、一人、一人と十分に話ができる環境を作ることは難しい。そんな中、選手を理解する上で効果を発揮しているのが、秋のシーズンが終わった後に行う面談だ。
谷口監督はこう語る。
「年に1回ですが、今年の反省、翌年の目標などを書かせた目標設定シートを使って面談を行っています。なりたい自分を目指す上で、今がどうなっていて、どういう方法を使って、目標に近づいていくか。
そして、それをいつまでに行うかということを話し合いながらコミュニケーションを図っているのですが、そこで選手の性格や現状も読み取るようにしています。
やはり面と向かって話すとわかるんです。まだ幼いなとか、だいぶ大人になったなとか、その子の考え方、特徴、どう伸ばしていったらいいか。話もそうですが、シートに書いてあることからつかめることも多いんです。それと褒めるべきところはしっかり褒めてあげるようにしています。こういうところが良くなったとか、さりげなく言います。やっぱり今の子は褒められた方がモチベーションは上がりますからね」
選手に対しては裏表なく付き合う
選手の長所、成長した点を見逃すことなく正しく評価する。過大に持ち上げることはしない。なぜなら裏表なく向き合っているからだ。
監督さんと面談
「選手たちが入ってきたときにはっきり言うのが、野球もそうですが、勝負事は平等ではないということです。例えば高校で甲子園に出た、出ないなど、どうしたって違いはあるわけです。
その時点で差があるのですから、みんなが同じスタートラインに立っているという見方はできません。
選手にも、そのとき私が使いたいと思っている選手など、構想についても隠さず言います。
ただ、当然ながらそこですべてが決まるわけではありません。『それを覆すような選手が出てきたらチームは本当に強くなる。全員が同じ練習をできるわけではないし、平等ではないけれど、そこで這い上がるか、諦めるか。そのどちらだ』という話もします」
とはいえ、野球の面ではどうしても不平等な部分が出てきてしまうからこそ、配慮していることがあるという。
「選手として以外のところは平等になるようにしています。うちは全員に何かしらの役割を与えるようにしているのですが、メイングラウンド、サブグラウンド、雨天練習場の責任者、さらにその中にあるブルペン、バッティングゲージなど細かく担当者を分けて、毎週1回、点検をする。
それぞれに責任を持たせて、やりがいを作っているのですが、試合に出ているからやらなくていいとか、そういうことはありません。そうしなければ周囲も納得しないですからね」
不満は提案に変える 主体性のある人間へ
団体生活を学ばせるために全員に寮生活を義務づけているが、そこにはコミュニケーションを取りやすくする狙いもある。
谷口監督によると
「私生活では自分の仲の良い子たちだけといるようになりがちですが、うちは家族みたいになろうよと言っています。野球というものを通せば、みんなが1つになれるところがあるんです。予定では来年、1年生が入ってくると全部で230人くらいのチームになりますけど、どうやったら円滑にコミュニケーションを図れるか、全員で考えています。
入ってくる子たちには、うちのホームページに選手の顔写真を載せているので、それを見て顔と名前を覚えてきなさいという指示はしましたし、在校生にも入ってくる子たちの写真を見られるところに貼るなりして、初日からお互いが名前で呼び合える準備はさせています」
もちろん、それだけの「個」が集まれば問題が生じるときもある。すべてが自分の思い通りになるなどあり得ない。
谷口 英規監督
「それは納得いかないことも出てくるでしょう。でも彼らに言うんです。『不満は提案に変えなさい』と。『ここはよくないんじゃないですか』と不満として言うんじゃなくて、『こうやったら、こう良くなるんじゃないですか』という提案をしなさいと。
選手同士でのミーティングも週に1回行っていて、みんなで1週間を振り返って意見を交換している。“主体性のある人間”になってほしいんです。
そのときの状況を自分でよく考えて、理解して行動する。社会に出てからも求められることですよね。そういうことも学んでいるんだというのは、選手たちもわかっていると思います。企業の人事担当の方たちも、今の子は『コミュニケーション能力がないというのと合わせて、主体性がない』とよく言います。何かを勉強することは世の中に出てからでもできる。
でも、これだけ密接に人と過ごすことができるのは今しかない。この大所帯で自分をアピールして、選手として、人として、こいつだったらと思わせられる人間になれたら、それはその子にとってすごい財産になるはずです。主体性のある選手、チームを目指す。それは大きなテーマとして取り組んでいます」
主体性を身につけることの重要性は高校野球でも変わらない
主体性を身につけることの重要性は、高校野球に打ち込んでいる選手たちにとっても変わらない。監督、コーチから指示されたメニューをこなすだけでなく、自分に必要なものが何かをみずから見つけ出し、努力する。そうした意識を持つことで今の自分を越えていける。
2013年大学選手権で優勝、胴上げされる谷口監督
「よくTPO(Time=時間、Place=場所、Occasion=場合)という言葉が使われますけど、時と場所、場合を考慮した上で自分が何をすべきか考えなさいという話もよくします。うちの子たちもそうですし、今の高校生もそうなのかなと思うのですが、個人練習はよくやるんですよね。ティーバッティング、ノック。
それも大事です。でも試合で求められる、自分に足りないものを補うための練習ができているかというと疑問です。セーフティバント、ランナーのときの打球判断、細かいプレーまではやっていない。叱られるかもしれないけれど、自分で練習方法を考えて取り組んでみることも必要だと思います。そうやって、そのときのベストを尽くしている子はやっぱり結果を残しますし、成長します。
試合においてもこの状況なら自分が犠牲になって進塁打を打った方がいいのか。ここは外野フライが欲しいのかを自分で考える。そういう判断ができる子がプロや、社会人野球に進んでいくんです。こちらが考えていること、どうしてほしいかというのを選手がわかっているときというのは試合でも勝てますね。日本一になったチームもそうでした」
当時の4年生は谷口監督から言われる前に行動に移すことができたといい、監督に何も言わせないチームを作り上げていた。
「親子や夫婦の関係と一緒で、言わなくてもわかる。それが理想じゃないですかね。チームワークの良さはうちの特徴ですし、日頃のコミュニケーションがもたらしたチームの結束がなければあの日本一はなかったと思います」
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上武大の強さは、チームとスタンドが一体となるチーム力。そのチーム力を発揮するためにはA、B、Cの組織化、密接なコミュニケーション、年1回の監督との個人面談がカギを握っていました。その狙いは「主体性のある人間」になること。これは野球以外でも大事なことですね。上武大野球部の皆様、ありがとうございました!
(文=鷲崎 文彦)