「弱者が強者に勝つ」

 第104回全国高校野球選手権(甲子園)で準優勝した下関国際(山口)を"弱者"とするのは失礼だが、坂原秀尚監督の座右の銘を地で行くような大会だった。

 2回目の出場だった2018年に並ぶベスト8に進むと、準々決勝の相手は大阪桐蔭(大阪)。大方の予想は、3度目の春夏連覇という空前の偉業に挑む横綱の勝利だ。3対4と食い下がるが、7回裏は無死一、二塁のピンチ。だがここで、相手のバントが小飛球となると、三重殺で切り抜ける。

 大会史上9度目、準々決勝以降では初めてとなるこのビッグプレーで、流れが明らかに変わった。9回に1死二、三塁のチャンスをつかみ、4番の賀谷 勇斗内野手(3年)がしぶとくたたきつけると、中前に抜ける逆転2点打となった。横綱を相手に食い下がる"弱者"に、スタンドから送られる手拍子。徐々に高まるその音量にも後押しされ、5回のタイムリーエラーを取り返した賀谷はいう。

 「みんなが、"最後に、おまえのところにチャンスで回す"といってくれて、どういうかたちでも1点を取り返そうと。仲間に助けられてきたので、最後に(結果を)出せてよかったです」

 坂原監督によると、もともとディフェンスからリズムに乗るチームなのだという。
 「守備では、見えないところを見ようとしているし、見なくてはいけないところはしっかり見ています」

 トリプルプレーから大きく流れが変わったこの試合が、まさにそれだろう。

 たとえば前回8強に進んだ18年も、こんなプレーがあった。木更津総合(千葉)との3回戦。2対1と1点リードの7回の守り、1死二塁からの一塁ファウルフライで、相手二走は抜け目なく三塁へのタッチアップを狙った。だが「タッチ(アップ)の声が聞こえた」下関国際の佐本快一塁手(当時2年)は、あわてずに三塁への送球ラインに入った二塁手に送球。中継した二塁手も素早く三塁手に送り、併殺を完成させたのだ。不用意なチームなら、スキを突かれて三進を許しても不思議ではない。「見なくてはいけないところはしっかり」見ていたからこそのプレーだ。

 そもそも下関国際は、チームの歩みそのものが"弱者"からのスタートである。社会人のワイテックで5年間プレーした坂原監督が、下関国際の監督となったのは05年8月だ。当時の坂原監督は、高校野球の指導者を志し、教員免許取得のため、山口県下関市の東亜大に編入学していた。やがて、近接する下関国際の野球部が、
「不祥事の影響で指導者がいない、校長先生がひとりで指導している、というんです。東亜大には3年間通うので、『僕でよければ、その間お手伝いさせてください』と手紙を送ったのがきっかけでした」

 だが、着任当時の同校にはさしたる実績がないどころか、部員すらなかなかそろわず、やんちゃな生徒が多いためか部室の窓は割れたまま放置され、壁は落書きだらけという有様だ。案の定、初采配だった05年秋は1回戦でコールド負けである。だが、根気よく基本を徹底した熱血指導で、08年にはローカル大会で自身公式戦初勝利。同年には夏の山口大会でも初白星を挙げるなど、時間をかけて野球部を立て直していく。09年夏はベスト8、11年夏4強、15年夏は決勝進出、そして17年夏には、ついに甲子園出場を果たす。

 このときは初戦で三本松(香川)に敗れたが、坂原監督の教え子だった当時の大槻陽平部長は、こんなふうに語っている。
 「なにもないところから始められて12年。12年指導されてやっとここまできた。本当に、すごいことだと思います」

 そして、今大会。初戦では、富島(宮崎)の好投手・日高 暖己投手(3年)に序盤から球数を投げさせ、中盤以降に着々と加点。投げては左腕・古賀 康誠投手(3年)のあとを受けた仲井 慎内野手(3年)が、6回の2死満塁を切り抜けると1人の走者も許さない完全リリーフだ。浜田(島根)との中国勢対決となった3回戦は、序盤から打線が活発で、先発・古賀は6回2死まで無安打投球を見せた。

 さらに、大阪桐蔭を撃破したあと、坂原監督が「生徒の成長は驚くくらい。目の輝きが違います」と臨んだ近江(滋賀)との準決勝は、2対2の6回1死満塁から、森 凜琥内野手(3年)が決勝2点適時打。近江の好投手・山田 陽翔(3年)が投じた、この日最速タイの148キロをしぶとく右翼線に落とした。森は「練習通り」と胸を張る。

 結局、8対2。この日、下関国際打線が山田から放った7安打のうち、6本はセンターから逆方向だった。バットを一握り短く持ち、ノーステップで強振しない打撃を徹底しながら内野の間を抜き、しぶとく野手の前に落とす。さらにボールを見きわめて山田から7四球を選んだ。チーム全体でかけた圧力に山田は、
「一人ひとりが考えていて、すごく投げにくかった」
 と脱帽する。

 センバツ優勝校、準優勝校を連破した"弱者"。決勝は、仙台育英(宮城)の「想像を絶する層の厚さ」(坂原監督)に圧倒されたが、挑戦は、これからも続く。

(記事=楊 順行)