1年秋からエース番号を背負う左腕は、この秋一気にブレイク。22年春センバツでも注目される好投手の1人に挙げられるだろう。

 175センチ、65キロ。秋の鹿児島大会では決勝まで6試合913球を1人で投げ抜き、初優勝の原動力となった。サイズがあるわけではないが、身体能力が抜群で「積んでいるエンジンが違う」と10年あまり大島の投手陣を見てきた奥裕史コーチは評する。練習試合で9回投げた後でも「縄跳びを30分跳び続けられる」「シャトルラン30分走り続けられる」スタミナと「燃費の良さ」(奥コーチ)がある。

 直球の最速は146キロ。常速は130台後半で変化球はカーブ、スライダー、チェンジアップなどを駆使する。夏まで変化球はスライダーが中心だったが、この秋は100キロを切る縦のカーブでストライクが取れるようになったことで、緩急を生かした投球により磨きがかかった。

 毎試合2桁奪三振をとる力強い投球が身上。九州大会では初戦の大分舞鶴戦で延長10回186球を投げたが、雨で決着がつかず翌日再試合へ。公式戦初めての2連投となった再試合、センバツがかかった大一番の準々決勝・興南(沖縄)戦は最速で130キロ半ばぐらいの球速しか出なかったが、遅い変化球を有効に使い、緩急と出し入れを有効に使って丁寧に打たせてとる投球が光った。興南戦は奪三振2だったが、121球完封勝利でチームの悲願だった「自力での甲子園」を大きく手元に手繰り寄せた。「剛」だけでなく「柔」の投球もできる奥深さを披露した。

 力投派で1試合の球数の多さが気になるところだが、「ケアに対する意識も高い」と定期的に選手をケアしている尾堂鍼灸整骨院院長・尾堂学さんは言う。身体の専門家である尾堂さんは「壊れにくい投げ方をしている」と評する。

 名前から想像できるように父親が尊敬する元西武の松井稼頭央にあやかって名付けられた。14年春、大島が21世紀枠で出場したセンバツを小3の終わりにスタンドで観戦して以来、甲子園が「憧れの舞台」となった。龍南中時代から注目される好投手で本土の強豪校からも熱心に誘われていたが、地元で仲間たちと甲子園を目指す道を選んだ。センバツに出場した福永 翔、15年秋の九州大会に出場した渡 秀太、19年秋に県大会ベスト8に導いた藤﨑 右京…近年、大島からは鹿児島を代表する好投手、特に好左腕を輩出しているが、この系譜の最高峰といっても過言でない逸材が、「全国デビュー」を間近に控えている。

(記事:政 純一郎