目次

[1]「身近な全国トップ級」森木 大智がもらたした化学変化
[2]明徳義塾「明徳的令和スタイル」で頂点へ

 第1シード・明徳義塾の2年ぶり21度目の王座奪還、20回目の夏甲子園出場で幕を閉じた「第101回全国高等学校野球選手権高知大会」。決勝戦には2,000人以上の観衆が内野席をほぼ埋めるなど、過去最大級の「熱」を感じる大会となった。
 では、その要因はどこにあるのか?今回はあえて、最速148キロ右腕・森木 大智高知1年)をキーワードにして、その源流を探るとともに今大会を振り返ってみよう。

「身近な全国トップ級」森木 大智がもらたした化学変化


 「今大会の主人公は森木 大智高知1年・184センチ81キロ・右投右打・高知中出身)だった」。第101回全国高等学校野球選手権高知大会に関わった方々ならば、誰もが抱いた感想であろう。それほどまでに高知中(軟式)3年時、日本中学生初となる150キロをマークした「真のスーパー1年生」がもたらした反響は凄まじかった。

 まずは報道陣。登板ごとに20社以上の新聞・TVが訪れ、決勝戦ではその数は50人をゆうに超えることに。その人垣は試合前の監督取材で「すごいなあ」と明徳義塾・馬淵 史郎監督が思わず呟くほどであった。

 2つ目は大会レベル・モチベーションの向上。これは昨年、高知市立潮江中出身・明徳義塾の最速149キロ右スリークォーター・市川 悠太(東京ヤクルトスワローズ)の登板時にもあった現象であるが、各校の選手たちにとって森木は県内中学軟式野球部経験者の多くが対戦ないし、登板を見たことがる「身近な全国トップ級」。そんな彼に対し「高校でも対戦したい、打ち崩したい、高校では勝ちたい」自軍側から見れば「森木を援護したい」想いが常にポジティブな傾向を引き出していた。

 一例をあげれば高知は4試合でチーム6本塁打。ランニング本塁打2本を含むとはいえ、この数値はこの10年を見ても突出した数字である。また、岡豊の植田 ジゲン(3年・171センチ69キロ・右投右打・須崎市立浦ノ内中出身)は準決勝・明徳義塾戦で最速142キロを出して中盤まで0を並べ、高知商真城 翔大(3年・177センチ75キロ・右投左打・四万十市立中村中出身)はこの1年間で10キロ前後球速が増し、最速143キロ。真城は130キロ台のツーシームとシンカーもマスターし、大学でも早期の起用が期待される。

 さらに今大会では序盤に土佐が2回戦で高知西に1対2、土佐塾も初戦の2回戦で須崎総合に5対6という私学が公立校に敗れる波乱や、勝てば高知と対戦できる状況だった高知東vs高知高専が地方大会含め選手権史上初となる「延長16回タイブレーク決着」がとなる激戦があったが、これもそういったモチベーションが大きく影響したことは想像に難くない。

 もちろん、森木当人の存在感も抜群だった。準々決勝・高知東戦で最速148キロ・6回2安打8奪三振4四死球完封の夏デビューを飾ると、準決勝では2番手で4回を1安打5奪三振1四球無失点。「落ち着いて投げることを意識した」インローの最速148キロ・常時145キロ前後のストレートを主体にスライダー、チェンジアップも交えて前年覇者・甲子園2勝の高知商打線を完ぺきに抑えてみせた。

 

 2日連投となった決勝戦では3回からリリーフ登板し最速146キロ・7回119球・6安打4奪三振・7四死球・3失点(自責点同じ)と明徳義塾の洗礼を浴びた格好の森木。大会後「3年生やメンバーを外れた先輩たちは悔しいはずなのに「がんばれよ」と励ましてくれたのに、悔しい。自分の甘さが出た試合。自分のベストボールを出せるようにして次は必ず甲子園に行きたい」と話した右腕が、夏を経てどのような進化を遂げるかを楽しみにしたい。