開成高等学校(東京)
東大合格者数は30年連続で日本一を誇る東京都荒川区西日暮里にある開成高校。
偏差値77の球児たちと聞けば、野球よりも、受験勉強に集中した高校生活を送っている印象もあるが、実はここ開成の硬式野球部は強い。
05年に東東京大会ベスト16。07年にも4回戦へ進出。公式戦でも勝ち進み、さらに東大合格者も多く輩出する開成野球部とは、一体どんな練習をしているのだろう?まずは開成野球部の現状から紹介していこう。
週1日2時間だけの全体練習で生まれる強さ
“開成高等学校 青木秀憲監督”
負けず嫌いの青木監督の目標は、もちろん「甲子園」。東東京の強豪私学に勝つことである。
しかし、野球部の練習環境は決して恵まれているとは言い難かった。他の部活動と校庭を共有しているため、全体練習は週1回の2時間のみ。そのため、現在12月から、来年7月の東東京大会開幕日までの全体練習日を数えると、残り40回ほどしかないのだ。もちろん、雨が降れば練習は中止となり、その回数は減っていく。開成野球部にとっては、週1回の全体練習に懸ける個々の思いと、その他の曜日の過ごし方が、選手としての成長のカギを握っている。
“自主練習の日にブルペンで投げ込む藤田智也選手”
「うちは、練習を毎日繰り返してるわけではないので、グラウンドに来て受け身の姿勢で、なんとなく練習メニューをこなしていっても永久にうまくならないで3年間が終わってしまう。
そうではなくて、1週間に1回しか練習がないわけですから、『よし!今日の練習ではバッティングで、こんなことにこだわってやってみようかな』っていうのを考える。そのためには、練習の中で、『あ、こうやったら上手くいくんじゃないかな?』っていう仮説を立てて練習に臨むんです。
もし、それでうまくなれば仮説が正しかったので、もっと練習すればいいし、いや違うなと思えば、仮説の立て方に問題があったので、今度は違うポイントを意識して、次の全体練習に向けて(自主練習で)準備する。
それくらい『普段の全体練習での思い入れが、他のチームとは違うんだよ』っていうプライドを持ってほしい。うちはこの日しかない。今日、雨が降ったら2週間練習できないんだ。そういう危機感をもってほしいんです」
そんな青木監督の考えが浸透した代は、結果も自然とついてきた。05年夏の東東京大会5回戦進出(ベスト16)、2年後の4回戦まで進出した代もそうだった。
週1回の全体練習という厳しい環境でありながらも、他の曜日を野球の練習ばかりに費やすことも出来ない。勉強にも、それ以上に打ち込まないといけないからだ。部員の多くは塾にも通っている。そんな中で、どう練習メニューを組めば、どんな伝え方をすれば、勝てるチームになるのだろうか?
正面衝突理論の徹底
“打撃力で戦うために、バッティング練習を重視”
まず、開成野球部が全体練習で行うメニューは、バッティングのみだ。
ノックもやらない、実戦形式の練習も全体では行わない。なぜ、青木監督はバッティングにこだわるのか。その理由は明確だ。
「高校野球は、どちらかというと守備を鍛えるチームが多いので、相手が一生懸命エネルギーを注いでる守備が、試合でほとんど機能しないような試合展開にしたいんです。
そうなると、僕らは破壊力のある打線をつくって、外野の頭をこえる打球をひたすら打つしかないわけです。うちは練習量は少ないですし、守備の練習もやってないけど、バッティングを磨くことで、しっかり練習をしているチームとも互角に渡り合うことができるだろうという考え方ですね」
実際に、開成の試合は、相手に点数を2桁取られることも多いが、その分取り返すだけの打撃力も見所でもある。
ただ、選手たちは中学時代、それほど野球の練習に時間を割いてきたわけではない。また、バッティングの基本も完璧に身に付けているわけではない。そんな状況下でも、他チームに勝る打撃力を身に付けるため、青木監督は2つの工夫をしている。
1つ目は、バッティング理論の理解の徹底だ。
年度によって、この理論のネーミングは変わるが、青木監督が考える打撃論をよりイメージしやすく表現したものが『正面衝突理論』。
「バッティングとは物理現象です。つまり、バットのヘッドスピードが遅ければ、速いボールや重いボールを打ち返すことは絶対にできない。また、ボールとバットがどういう角度で当たるかも非常に大事なんです。ボールとバットの当たり方というのは簡単な話で、例えば鉛筆を上からみた画が、ピッチャーが投げたボールの軌跡だとすると、この軌跡に対してバッターがバットをどういう角度で振れば一番強く打ち返せるのか?というと、バットとボールが直角に当たっているときですね。これが一番、力のロスがないので、強く弾き返せます。150キロのボールであれば、その軌道に対して、真後ろからバットのヘッドが走って来てボールに直角で、なおかつ、速いスピードでぶつかってきてほしい。これが正面衝突です。この現象をなるべく起こしたいわけなんですよね」
このイメージを基本とした上で、青木監督の指導は次のステップへ進む。
「だけど、この理屈だけでは出来なくて、結局これを実現するために『どう体を動かすか?』ということが重要になります。ヘッドスピードを上げるために、バッターは上で構えて円運動させながらバットのヘッドを加速させてボールにぶつける。そういうことも選手には教えるんですけど、選手は強く振りたいと体が開くんですよね。開いた時点でバットのヘッドが後ろに残ってしまう。そういう打ち方の選手が多いので、まず体の使い方を教えて、訓練をしていくわけです」。
体を大きくすることで勝負できる
“全体練習以外はウエイトトレーニングで体づくり”
続いて、攻撃力をつけるための2つ目の工夫が、体を大きくすること。
開成野球部の選手たちは、週1回の全体練習以外の日は、各自でウエイトトレーニングを行っている。
「うちに入ってくる選手は、入学時の体つきをみると、まず“スポーツ選手”になってないわけですから、最初の段階で強豪私立校の選手と比べても差が出てしまうんです。だから、とにかくデカくなれと。
最近は筋肉を太くしないほうがいいという考え方を聞くけど、そういうことを言ってるチームの選手はすでに体がデカい。我々もそのレベルにいくために、まず筋肉を太くすることが必要だと思っています」
選手たちは、青木監督から「トレーニングメニューの目安」を書いてもらったシートを参考に、校内に置いてあるトレーニング器具を使って、体を作っていく。“目安”と記しているのは、これらが強制的なものではないからだ。部員たちは、自分で必要だと感じているトレーニングを選んで取り組む。また、「自分はこれだけやりました」という実績を記録した野球ノートを毎日、提出する必要もない。
青木監督の考え方としては、全体練習以外の時間はすべて自主練習。そのため、選手自身で1日のスケジュールを決め、「自己判断」で動ける選手を求めている。
実際、部員によって過ごし方は様々で、学校でトレーニングをする選手、塾に通う選手、自宅で勉強する選手、他のトレーニングジムに通う選手など、すべて彼ら自身で決めて動いている。
“グラウンドが使えない時間は自主トレで有効活用”
「自分でメニューを編成して、誰にも管理されずにやらなきゃいけない。なかなか、高校の運動部では考えられないことかもしれませんね。だけど、うちの野球部員には、むしろそこは、開成の選手としての誇りとして持ってもらいたい。
強制的に実施したメニューを書いて毎回提出させないのは、彼らが最終的に、野球と勉強に取り組む上で、どうなりたいかという目標があるんだから、そこに向けての道筋を自分でつくれと。『監督なんかに強制されなくたってやりますよ』っていうのを1つのプライドにしてもらいたいんです」。
実際に部員たちは、開成野球部の取り組みをこう感じている。
「青木先生の指導は筋道がしっかりしていて分かりやすいです。僕らは、グラウンドが使えるのは週1回だけですが、1人1人が毎日、自分がやることをやれば、それがチームワークにもつながってくると思っています。毎日を無駄に過ごさないように、みんな考えて過ごしていますね」(キャプテン藤田智也)
「入学してから体重は15キロ以上増えています。この時期に体を作っておかないと、来年の春・夏に、他の強豪校にもバッティングが通用しなくなるので、みんなで意識を高めて取り組んでいます」(2年生・八木翔太郎)
彼らがここまで高い意識で、個々に取り組めるモチベーションは、ただ1つ。
野球においての目標――『強豪校を打ち破って、甲子園に出場すること』である。
1%でも勝つ可能性のあることをやってやる
“来シーズン、開成らしい野球で挑むために”
この秋、開成は、ブロック予選で日大豊山と対戦。夏のメンバーが半数以上残るチーム相手に、初回に先制点を奪うも、その裏に逆転を許すと流れを止められず、1対10(7回コールド)で敗退した。開成の一番のウリであるバッティングで、勝負することが出来なかった。青木監督は振り返る。
「打席に入って全部の球を上手く打とうとしすぎた結果、思い切った動きができなくなっていました。バッティングは一か八かの世界。自分が狙っている球が思い通りに来てくれたら当たり、逆の球が来てしまったらごめんなさいっていうレベルで、割り切って打席に立ったほうがいいんです。
打線の迫力って、そういった部分から生まれてきますからね。開成らしい破壊力のある攻撃をこの冬につけていきたいですね」
全国トップのエリート校・開成。その野球部員たちが、3年間、熱くなれる場所を作り上げた青木監督は、最後にこんな言葉を残してくれた。
「ただ負けるのは悔しいんですよ。1%でも勝つ可能性のあることを何かやってやろうって常に考えています。とにかく、やってやりたい。優勝したいって。それだけの思いです」――
(文・写真=安田未由)