目次

[1]甲子園の緊張とは違ったプロ初登板
[2]島袋洋奨氏が伝えた夢を叶えるための目標設定の仕方

 今から10年前の2010年、史上6校目となる甲子園春夏連覇を成し遂げた興南高校。その押しも押されぬ大エースが島袋 洋奨氏だ。2010年の選抜高等学校野球大会、九州地区高校野球大会、全国高等学校野球選手権沖縄大会、全国高等学校野球選手権大会、国民体育大会高等学校野球大会硬式の部(雨により2回戦第3、第4試合以降の試合が中止)の5つの大会で無敗のまま終えた興南高校と島袋 洋奨氏。その本人から、甲子園での話を伺った。

 前回は春の選抜や夏の沖縄大会、さらには夏の甲子園で起こったエピソードを島袋 洋奨氏や我喜屋優監督に語っていただいた。今回は興南高校卒業後、中央大を経てから入団した福岡ソフトバンクホークスで過ごした日々について話していただいた。

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史上6校目となった春夏連覇を成し遂げた島袋洋奨さん(興南出身)が語った偉業達成の裏側

甲子園の緊張とは違ったプロ初登板


 中央大学を経た島袋 洋奨氏は、2015年にソフトバンクホークスからドラフト指名を受け、晴れてプロ野球選手となった。その一年目の9月、一軍初登板を果たす。そのときの気持ちはどのようなものだったのか。

 島袋 洋奨氏「正直覚えていません。人生の中で一番緊張しました。甲子園の緊張とは比が違いましたね」

 小雨が降る中での消化試合。さらにビハインドの登板なら、もしかして思いきりの意識が出たのかなとも思ったが、当人にとっては憧れのプロ初登板。

 島袋 洋奨氏「ホークスが優勝決めたあとのゲームで、お客さんもそこまで入場していない。甲子園の方が客も注目も段違いでしたが、それとは全く比にならないくらいの緊張でした」

 やはり大学での影響が大きかった。あれだけコントロールが手につかずの中で、少し月日が流れたとはいえプロの大舞台。不安が大きかったと島袋 洋奨氏。

 島袋 洋奨氏「ただ、デスパイネから三振を奪えたことと、内川聖一選手がダイビングキャッチをして捕球してくれたことは覚えています」