早稲田実業vs龍谷大平安
試合中の一つのプレー・瞬間のジャッジで大きく結果が変わってくるのが野球である。
今大会、松倉雄太が試合を決定づける「勝負の瞬間」を検証する。
好事の陰に潜む魔
6回までノーヒットピッチングを続けていた龍谷大平安のエース・福岡拓弥(3年)。しかし7回、悪夢のような展開で逆転を許し、無念のマウンドとなった。
ゲームの主導権は龍谷大平安が握れそうで、早稲田実業は何とか食い下がっていたというのが大方の印象だろう。実際に龍谷大平安の得点には、原田英彦監督の思惑が見事に絡み合っていた。
最初のポイントは原田監督が組んだ打順。1番に吉田大、2番に牧野勇斗(ともに3年)と公式戦初先発の選手を並べた。徳本健太朗(2年)と吉岡優磨(3年)の秋の1、2番をスタメンから外したこともあり、相手の早稲田実業にとっては公式戦のデータがほとんどない状態で意表を突かれた形ではないだろうか。
原田監督は起用の意図をこう話す。
「2週間前くらいから吉田と牧野の1、2番を考えていた。練習試合で調子が良かったんです。それに徳本と吉岡の調子が良くなかった」。
初スタメンの2人が1回表の打席にどう立つか。当然のように早稲田実業陣営も注視していた。
その1回、先頭の吉田は初球を打ってピッチャーゴロに倒れる。初球を狙う思い切りと、相手をますますわからなくさせる思惑が見えた吉田の打席。ただし早稲田実業のキャッチャー・利光健作(3年)は、「初球をアウトにできたことでリズムに乗れる」と感じていた。両チームともまずは試合の入りが良かったと見ていたようだ。
続く2番牧野は3球目をレフトオーバーへ運び二塁打。3番河合泰聖(2年)がレフトへタイムリーを放ち、龍谷大平安が1点を先制した。事前のデータが少なかった1、2番の攻防。結果的には、龍谷大平安側に作用した。
だが、原田監督は「もう少し点を取りたかった」と残ったチャンスを生かせなかったことを悔やむ。この言葉が流れを握りきれなかったことを象徴している。早稲田実業が食い下がった証拠だと言えるだろう。
快投の福岡を援護したい龍谷大平安は、5回に再び1番吉田を起点にしてチャンスを作る。追加点を挙げるタイムリーを放ったのはまたも河合のバットだった。
しかしここでも中軸が凡退して1点に終わる。早稲田実業が、『取られても最少失点に抑える』という鉄則を守った。
6回裏、福岡は三者連続三振を奪う。キャッチャーの横山裕也(2年)の言葉を借りれば、「調子が良すぎた」とのことだ。だが、ベンチの原田監督は別の不安を抱いていた。
「福岡の調子が良いとは思わなかった。6回も三振は取りましたが、球が高くなりだしていた」。
次の7回にその不安が現実的なものになる。
このイニング先頭の3番兼城賢斗(2年)に対し、福岡はストレートの四球を与える。四球はこのゲームで3つ目であったが、先頭打者を出したのは初めてだった。エースはこの四球を悔やみ、指揮官は不安だった要素がさらに増した。
打席は4番で主将の熊田睦(3年)。両チームにとって勝負の瞬間(とき)を迎えた。
マウンドの福岡はうまく球を散らしながらフルカウントになる。6球目、内角を狙った福岡の球に、熊田が反応してフルスイング。打球はファースト河合のミットを弾いてライトへと転がる。早稲田実業にとって初めてのヒット。場面は無死一、三塁となった。
1本目のヒットの打たれ方が気になっていた原田監督。完璧に打ち返されたことで、エースの調子が戻りきっていないことを確信。さらに、内野手のポジションニングにもベンチとのズレが生じる。
それが、5番織原葵(3年)が三塁線を破ったタイムリー二塁打と1番山岡仁美(2年)のタイムリー。
無死一、三塁での織原の一打について原田監督は、「ライン際を詰めておかなかればいけませんね」と話す。同点での二死満塁から打たれた山岡のタイムリーは、二塁ベースよりに立っていたセカンド・藤井淳希(3年)の逆をついて一、二塁間を破った。
「(左打者の山岡は)データを見て、引っ張りが中心だと思っていました。守備位置については指示を出したのですが・・・」と悔やむ指揮官。守り終えた藤井を、ベンチで諭すように話す姿が印象的だった。
この藤井も秋の公式戦経験がない選手。練習試合などでは守り方の想定をしていたのだろうが、初めての公式戦でしかも切羽詰まった状況。「気持ちが前へ出てしまったと思います」と本人が話すように、いつもならできるプレーが甲子園という舞台になってしまうと発揮できなくなっていたようだ。
藤井は悔しそうな表情でこう続ける。
「もっと練習をして。今度同じ状況になればミスをしないようにしたい」
初めてスタメンに名を連ねる選手が3人いた龍谷大平安。一長一短が出てしまう試合だったと言えよう。
勝負とは得てして、抑えた場面にも分かれ目が潜んでいる。
(文=松倉雄太)