常葉菊川vs春江工
試合中の一つのプレー・瞬間のジャッジで大きく結果が変わってくるのが野球である。
今大会、松倉雄太が試合を決定づける「勝負の瞬間」を検証する。
好捕手への対策
序盤は劣勢だった常葉菊川打線が、4回以降に目覚めて春江工のエース・坪田和大(3年)を攻略。2本のアーチなどで9点を挙げて5年ぶりの出場で初戦を突破した。
打線が目覚めた4回表の攻撃は、ちょうど二回り目に入る時。勝負の中で大きなポイントになりやすいイニングでもある。
2点を追う常葉菊川は、先頭の2番前川直哉(2年)がヒットで出塁する。3番遠藤康平は凡退したものの、4番で主将の松木大輔(3年)がライト線へ三塁打を放ち1点を返した。さらに5番大西優輝(3年)がセンターへタイムリーを放って2対2の同点に追いついた。
打った大西は話す。
「最初はみんな緊張して硬かった。二巡目で本来の気持ちに戻れました」。
振り出しに戻り、チームの雰囲気も各段に良くなったのは事実のようだ。
次の打者である6番中田稿志(2年)の打席の時、大西は5球目に盗塁を仕掛けて成功させている。この盗塁こそが勝負のポイントだ。
「相手ピッチャーのモーションが大きくて、牽制もなかったので行けるかなと思いました。少しアウトっぽい感じもしましたが・・・」と話してくれた大西。この試合では立ち上がりの2番前川に続き、2つ目の盗塁成功だった。大西が話すピッチャー・坪田のモーションももちろん成功の一因である。それに付随して重要なのが春江工のキャッチャーで打撃でも要である栗原陵矢(2年)への対策だ。
昨秋の明治神宮大会から、将来嘱望のキャッチャーとして注目する声が大きくなった栗原。その好捕手に対して、様々な仕掛けで頭を混乱させようというのが常葉菊川サイドの意思。肩に自身のあるキャッチャーから盗塁を成功させることが、ゲームの中で次第に大きなウウェートを占めるようになった。大西が決めた2つ目の盗塁成功は、栗原を混乱させる根幹になったようにも感じられた。
同点とした常葉菊川は5回表に一死から、1番登地慶輔(3年)が四球で出塁すると、すかさず二盗を決めた。チームでこの日3つ目。以降、坪田と栗原の春江工バッテリーが投じる牽制の回数が、極端に増えた。
二死となって3番遠藤がセンターへタイムリーを放ち勝ち越しに成功。これが決勝点となった。
さて、ゲームを見る中でもうひとつ気になったことがあった。常葉菊川の走者がするリードの挙動。ピッチャーが投げる間合いをみて、体重がかかりやすい右足を後ろに引く仕草を見せる部分だ。大西が話してくれた。
「ピッチャーが投げて、バッターが打つ瞬間にトップスピードになれるようにするためにここ(右足)で合わせられるようにしています」。
そして二塁へ進むと、ややベース後方、ショートの守備位置近くまで深めにリードを取ることがあった。これはアウトカウントなどによりやらないこともあるが、深く位置することで、三塁ベースを回りやすくするのだという。
攻撃側にとってはいかに効率よく塁を回れるかを追求したものだが、守備側にとってはどうしても気になってしまいがち。実際、春江工の栗原は「あまり見た(体験した)ことがなくて、気になってしまった」と集中力を削がれる原因になったことを話している。
相手が嫌がることをいかに工夫して行うか。野球という相手のあるスポーツでは、時にこれが勝利や敗戦へと繋がることがある。
敗れた春江工。川村忠義監督は、「勝負なのでもちろん悔しいですが、選手たちはよくやったと思います」と大舞台を踏んだことの収穫を強調した。
このゲームで言えば3盗塁を許して、打撃でも中々貢献できなかった栗原が一番悔しい思いでいるだろう。
しかし、後半は読みと肩の持ち味を生かして2度盗塁を刺した。チームとしても逆転され、リードを広げられてからでも食い下がっている。私立など野球で名門校と言われるチームにとっては最もやり難いタイプがこの春江工のスタイルだ。
エース坪田は9失点を喫したが、1イニングで3点以上を取られたイニングはなかった。これも明治神宮大会を経験して成長してきた証と言えるだろう。
この日の開幕戦で勝利した敦賀気比より先に福井県へ帰ることになってしまったが、経験と悔しさを次に繋げられる見事な戦いぶりだった。
※8回の打席で後頭部に死球を受けた常葉菊川のエース・堀田竜也は、試合後に西宮市内の病院で診察を受け、今のところ問題はないと診断された。明日の練習に参加するかは未定。
堀田投手のコメント(主催者発表文から引用)
当たる瞬間、「来た」と思ったがよけられなかった。痛みはなかったので大丈夫だと思っていた。試合が終わるまで仲間を信じ続けていた。
序盤に丁寧にいこうとしすぎて、ボールが真ん中にいってしまい、失点につながった。テンポも悪かったが、打線が打ってくれてリズムが出てきた。チームの1勝がなによりうれしい。
(文=松倉雄太)