試合レポート

倉敷商vs松阪

2012.08.15

聖地で見えた課題と収穫

集中力――。
これが、彼らの最大の武器だ。三重県立松阪高校。久居農林を率いて2002年夏に甲子園出場を果たした松葉健司監督が06年に就任して以来、そこを磨いてきた。カードを使った残像トレーニング。バットのマークなどを見てから投手に対峙する一点集中トレーニング。「最後までボールをよく見る」という意味で、空気銃の球ほどの大きさのプラスチック弾を幅3センチ程度の棒で打つ練習もしていた。

そして、今夏の甲子園出場で有名になったテニスボールを積み上げる練習。全部員が地面にテニスボールを3つ積むことができる。3つのテニスボールを使ったジャグリングも部員たちはお手のものだ。完全下校が19時と決まっているため、練習時間は2時間から2時間半。短時間に集中して行うことで、成果を高めてきた。

 三重大会は準々決勝以降の3試合すべて1点差。準決勝の四日市工戦では、0対0で迎えた9回表に一死一塁から後藤啓之が三塁打。一塁走者の岸洸也が「ショートの動きを見て行けると思った」と三塁コーチャーの制止を振り切り、決勝の本塁を踏んだ。決勝のいなべ総合戦では初回に2点を先制すると、6回には一死三塁から中村悠河がスクイズ成功。エース・竹内諒も1点差に迫られた8回二死一、三塁のピンチを切り抜けた。
少ないチャンスをものにし、土壇場で踏ん張る集中力。松葉監督も評価した彼らの最大の強みを発揮して、創部65年目で初の甲子園をつかんだ。

 そして、聖地でも、松阪らしさを見せた。
0対2とリードされた5回。先頭の上東亮介が四球で出ると、犠打と内野安打で一死一、三塁と好機を広げ、一番の真鍋顕汰がセンター前にタイムリー。西川一帆が送って二、三塁とすると、大黒柱の竹内がライト前にはじき返して二者が生還。一挙3点を奪って逆転した。三重大会のチーム打率は2割9分4厘。チャンスにこそ集中力を発揮する松阪らしい攻めだった。


 ところが――。
らしさを見せたのはこの場面だけだった。

 4万7千人の大観衆の前に選手たちは初回から浮き足立っていた。先頭の藤井勝利の投手ゴロを竹内が弾いて安打にしたのをきっかけに先制点を許すと、4回には一死からショートゴロを坂本耕哉が一塁へ悪送球(打者走者は二進)。さらに捕逸で三塁に進めると、六番の片山祥希のライトへのファウルフライを中村が捕球し、犠牲フライにしてしまった。捕らなければファウルで点は入らない。打順は下位に向かうだけに、無理に捕る必要はなかったが、わざわざフェンス際まで追い、捕球してしまった。
「完璧に僕のミスです。次の1点が大きくなるという気持ちから、『捕らなければいけない』と自分を見失ってしまった。フェアゾーンかどうかも見えていませんでした」(中村)

失点にはつながらなかったが、7回にはこんなプレーもあった。一死一塁から捕手前の送りバントを高橋がセカンドへ悪送球(記録は野手選択)。1点リードしているうえに一死だったため、無理する必要はなかったが、わざわざピンチを広げてしまった。
「自分のミスです。一塁ランナーのスタートが遅かったのでいけるかなと。ああいうバント(処理は)得意だったので。自分の力を過信してしまいました」(高橋)

3対2とリードして迎えた8回は、一死二、三塁のピンチに内野陣は後ろに守った。一見、余裕があるように見えたが、選手たちの心境はそうではなかった。片山の打球はセンターへの平凡なフライに見えたが、センターの真鍋の前にポトリ。同点のタイムリーになってしまった。
「後ろの客と重なって見失ってしまいました。打った瞬間は見えたんですけど、その後に見失った。次に見えたのは落ちてくるところでした。ポジショニングは(いい位置に)取れていたので、見失わなければ捕れていたと思います」(真鍋)
続く福森康真の当たりもライト前にフラフラと上がったフライだったが、浜風にも押し戻されてライト・中村の前に落ちる。これで逆転を許すと、八番の清水繁には初球スクイズを決められた。

なおも一死一、三塁のピンチが続くが、竹内は九番の西隆聖をサードゴロに打ち取る。併殺でチェンジ――と思いきや、サードの後藤は一塁へ送球。ひとつしかアウトを奪えなかった。この直後にタイムリーを浴び、さらに2失点。一挙6失点を許して万事休した。
「(打球が来る前は)ゲッツーというのはわかっていました。サードランナーが目に入って、そっちに集中してしまってセカンドに投げる考えがなかった。余裕がなかった? それはあります」(後藤)
準備と確認で防げる、らしくないプレーの連続。甲子園、大観衆、大応援団……。経験したことのない舞台に、持ち味の集中力を奪われてしまっていた。


「『ワンチャンスをものにしなさい』と言っていたので、3点はよく取った方だと思います。ただ、最後の最後にウチらしくないプレーが出てしまった。打たれたというより、点をあげてしまいましたから。最後は勝ちたいという想い。(外野フライは)飛びついたらどうかなというプレーでしたから。そこの想いの差で、勝利の神様が倉敷商さんの方に行かれたんだと思います」
そうふりかえった松葉監督。勝利が見えかけていただけに、悔やまれる試合になってしまった。

それでも、学校創立102年目で初めての甲子園出場は、他の部活動と共有のグラウンドでも、短い練習時間でも、進学校でも、工夫すれば結果を残せることを証明した。
松葉監督は今や全国でも数えるほどになってしまった農林高校も甲子園に率いている。「どんな学校でも、どんな環境でも甲子園に行けるのを証明するのが使命」と語っていた通りの結果を出した。

久居農林では同じ岡山代表の玉野光南に2対4で敗退。そして、今回も白星をつかむことができなかった。
次こそは、経験を活かして「どんな学校でも、どんな環境でも甲子園で勝てるのを証明」してもらいたい。どんな舞台、どんな試合展開でもぶれない集中力と勝利への執念で――。松葉監督の次なる挑戦に期待したい。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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