神村学園vs石巻工
石巻工から学ぶべきもの
彼らの背中から何を学ぶべきなのか。何度も思い返していた。
たとえば、失策が絡んでの失点。
通常なら、下を向く選手もいるが、果たして、石巻工ナインはどうだったのか。
「暗い表情はしないでおこうと言っていた」(主将の阿部翔人)
「下を向かないでおこうと決めていた」(阿部克二塁手)
彼らの言葉が示すよう、試合中の彼らは常に前を向いていた。
そして、4点ビハインドの4回裏、その姿勢が実を結ぶ。4長短打を絡めての大量5得点。相手守備の失策があったとはいえ、一時はリードを奪う、見事な猛反撃だった。
失策からの失点という絶望にも、下を向かなかったことがつながっているのはいうまでもない。
阿部翔人主将は言う。
「いろんなことを諦めないで、めげずにやってきたので、それがでたのだと思います」
被災者には被災者にしか分からない想いの深さがある。
震災から1年。彼らがどのような想いで、1年を過ごし、この大会に挑んできたのか。
開会式時の、阿部翔人選手宣誓の言葉には、その想いが込められていた。
「人は誰でも答えのない悲しみを受け入れることは苦しくて辛いことです。しかし日本がひとつになり、この苦難を乗り越えることができれば、その先に大きな幸せが待っていると信じています」
スポーツは娯楽だ。それ以上でも、それ以下でもなく、人生に置き換えることなどできるはずがない。しかし、彼らが試合中に見せた、下を向かずに反撃を耐えた背中には宣誓の言葉と同様のメッセージが込められていたように思う。
「震災の被害を受けたのは僕たちだけじゃない。他の学校の選手もつらい思いをしている。あくまで、僕たちはその人たちの代表です」と阿部克は繰り返し言った。確かに石巻工は昨秋、21世紀枠選出に相当する結果を残したから今回の出場がかなったが、被災地の代表として伝道者の意味があったのも、また事実である。
大会前には、震災から支援を送っていた大阪府立春日丘高校との絆の話題が、たびたびクローズアップされた。たた、このような絆は、石巻工と春日丘に限らず、被災地と支援を望む学校の間で多く行われてきたことだった。
しかし、それらがクローズアっぷされたのも、石巻工が甲子園に出たからなのだ。彼らが甲子園に出なければ、石巻工以外の学校にある絆の話と同じように、誰に知られることもなく、震災から学ぶべきものが語られることはなかったのだ。
「勝つことで、恩返しをしたかった」と阿部翔人は唇をかんだ。確かに、勝利をすることに意味もあったのかもしれない。だが、彼らが今大会、伝えたメッセージは非常に大きいものだったと思う。
「ここで終わりじゃない。これからも、被災地に戻って、できることを続けていきたい」
選手から口々にそういった。
直接対決で、被災地の想いを肌で感じたであろう、神村学園を先頭に、石巻工の姿勢から高校野球は何を学ぶべきものなのか。
阿部主将による、選手宣誓が感動したというのなら、この日の石巻工ナインの雄姿に心を打たれたというのなら、個人個人が、考えていくべきことだと思う。
(文=氏原英明)