天理vs履正社
中谷佳大(天理)
勝ちパターンでの試合は後半から・・・
天理・森川芳夫監督の「2回は負けられないと思っていました」という言葉が、この一戦に挑む気持ちの差を表していた。
今夏の甲子園初戦(2回戦)で対戦した両チーム。チームは変わったが、近畿大会決勝で再び顔を合わせることになった。
スタンドでは山田哲人(履正社)、沼田優雅(天理)といった3年生も並んで観戦する姿があった。
終わってみれば1点差、そして無失策試合と事実だけでは好ゲームのように見える。
しかし、戦った選手には申し訳ないが、このゲームの実質的攻防は6回からだった。
先発のマウンドには履正社が左腕の渡邊真也(2年)、天理が中谷佳大(2年)とともに背番号11の投手が上がった。
ただ両校の状況は少し状況が違う。
渡邊は近畿大会初登板、しかも先発のマウンドは大阪府予選4回戦の清水谷戦以来1ケ月ぶり。
エースの飯塚孝史が5回戦以降を一人で投げてきたため、登板するのもそれ以来だ。
この渡邊の先発起用について岡田龍生監督は「初めから決勝は渡邊と決めていました。飯塚は6回からというのも予定通りです」と戦略を説明。
一方の天理・中谷も11番ではあるが、近畿大会では3試合目の先発。
奈良県予選を含めても先発して、エースの西口輔(2年)にリリーフするケースが多く、これが勝ちパターンであると言える。
普段と同じ形で試合に入った天理と、ほとんどやったことがない形で試合に入った履正社。
だからこそ、近畿の頂点を目指す試合の本当の攻防と言えるのは、勝ちパターンである飯塚がマウンドに上がった6回からだったと言えるだろう。
幸い、この時点では1対1と同点だった。つまり0対0で試合を始めるのと同じ状況である。
リリーフ登板した飯塚(履正社)
前日の試合後、「飯塚君は打てる球がほとんどない」と話していた森川監督。夏に対戦した時も、強打を誇った旧チームがわずか5安打1得点に抑えられていた。
新チームの天理はまだそこまで打てるチームではない。
代わりっぱなの6回、そして7回と三者凡退に終わった天理。またあの夏のイメージが蘇る。
さらに飯塚の球を受けていた履正社の捕手・坂本誠志郎(2年)は「飯塚の球は走っていた」と感じていた。
〝先取点〝を先に与えたくない天理は7回表途中からエース西口をマウンドに上げる。
エース同士、勝ちパターンでの試合展開に初めてなった。
8回表、先にチャンスを作ったのは履正社の方。2死満塁と攻め立てた。
打席は6番の坂本。西口の2球目を打ち返すと、打球は三遊間奥深くへ。
ショートの岡部遼(2年)が何とかこの打球に追いつくと、他の塁を見ずに二塁へ送球。
一塁走者を見事に刺して絶体絶命のピンチを切り抜けた。
「あれが抜けていれば」と一塁ベース上で立ち止まった坂本。
岡部は「一塁に投げてアウトにするのは無理だと思ったので、二塁に投げました」と普段の練習通りの状況判断が出来ていたことを喜んだ。
その裏、飯塚対策を密かに温めてきた森川監督の戦略が当たる。
左打者から始まる打席で、打者はベース寄り一杯に立って飯塚と坂本のバッテリーにプレッシャーをかけてきた。
1死なって4番の長谷川頌磨(2年)。2ストライクと追い込まれたが、4球目のスライダーが抜けて死球を勝ち取る。
エース・西口輔(天理)
続く5番は右打者の伊達星吾(2年)。こちらも2ストライクと追い込まれるが、粘って四球を選んだ。
飯塚のリズムが崩されていることを察知した坂本はマウンドに歩み寄って声を懸けるが、飯塚のリズムは戻らない。
6番吉田亮太(2年)も四球を選び満塁。打席は左打者の7番東田幹啓(2年)。再びベース寄り一杯に立ってきた。
その初球、内角を突いた飯塚の投球が東田に当たり死球。押し出しという形で天理に〝先取点〝が入った。
1点を失ったことで我に返った飯塚はその後のピンチを何とか切り抜ける。
しかし、履正社に残されたイニングはわずかにあと1回。しかも下位打線。
天理の西口は重い直球を主体にその履正社下位打線を3人で打ち取り、旧チームのリベンジを見事に果たし、2年ぶりの近畿王者に輝いた。
「ここまで来られるとは思っていなかった」と振り返った森川監督。
履正社陣営が秘策にやられたことを伝え聞くと満面の笑みを浮かべた。
そこで発したのが冒頭の「2回は負けられないと思っていました」という言葉である。
普段の勝ちを目指すパターンでスタートした天理。
普段と違う形でスタートした履正社。最後はその部分でも勝負に差がついてしまった形だ。
来年夏までの長いスパンで考えたとき、エース飯塚が先発しない試合もある。
そういった時に、どんな試合ができるか。
岡田監督の「選手もこれでわかったんじゃないでしょうか」という言葉の裏にそういった意図が見え隠れする。
これもチーム事情であり、外野が簡単に口を挟みこむべきではない。
ただ、やはり近畿の頂点を目指す勝負の場。
お互いの勝ちパターンの、正面からの激突を見たかったという残念な思いが残った全国10地区最後の決勝戦だった。
優勝旗授与 天理 伊達星吾主将
エースを先発に立てなかったのは天理と関西だが、天理は上記の通り中谷から西口への継投が勝ちパターン。
関西はエースナンバを堅田裕太がつけているが、水原も旧チームから幾度となく先発してきたチームの柱でいわばダブルエース的存在だ。
この傾向からも、トーナメントで戦う勝負の舞台であくまでも勝つことを目指したことが伺える。
明治神宮大会もトーナメントで戦う勝負の場。最後まで勝ちを目指した鬼気迫る戦いを期待したい。
(文・写真=松倉 雄太)