加古川北vs大阪桐蔭
見事に完封勝利を収めた井上(加古川北)
世間がアッといった公立校の快勝
「もどかしい試合展開でした」。
大阪桐蔭・西谷浩一監督の言葉が、この試合の全てを物語っている気がした。
試合後の大阪桐蔭のベンチ裏。涙する選手は少なく、感情を見せる選手も皆無だった。
2年前の秋、金光大阪に延長サヨナラで敗れた時とは正反対の光景。
つまり、なぜ点をとれなかったのかを試合後のわずかな時間で理解できていた選手がほとんどいなかったということだ。
先週の府大会まで、あれだけ振れていた打線。それが3安打。
加古川北のエース・井上真伊人(3年)を最後まで捕えきることができなかった。
それどころか、守りでリズムを作ってきたチームが、その守りから崩れていった。
加古川北サイドとしては、自分達の野球をやりきった上で、相手チームを少しずつ崩していくのが戦力で劣るチームが勝つための方法。それを立ち上がりから徹底できていた。
立ち上がりの第1球。捕手の佐藤宏樹(2年)はマウンドの井上に、超スローカーブを要求した。
打席は大阪府予選で4本塁打の西田直斗(2年)。
「相手はファーストストライクからどんどん振ってくる。フルスイングさせないようにしたかった」と理由を話してくれた佐藤。
そして井上はその超スローカーブでしっかりとストライクを取ることができた。緩い球が武器の井上をしっかりと対策をしてきた大阪桐蔭にしても、やや意表を突かれた試合の入り。
まず加古川北が大阪桐蔭に対してもどかしさを与えることに成功した場面。
加古川北 都倉主将(見事な先制本塁打)
第2のポイントは、大阪桐蔭の先発・藤浪晋太郎(1年)を加古川北打線が打てるかというところ。
195センチの長身である藤浪のようなタイプとは、なかなか対戦することはできない。角度のある直球は威力があり、加古川北にしては、不安な要素だったはずだ。
それが2回表に唐突な形で1点が入った。
この回の先頭打者、5番都倉健司(2年)の一発だ。福村順一監督は「都倉に対しては1番打者のつもりでいけといつも言っています。
2回は先頭打者だったので、それも良かったのでは」と振り返る。
主将の一発で先取点。加古川北にとってはこれ以上ない勇気を得た。
一方、本塁打で取られた大阪桐蔭。
この直後、8番佐藤の打球を処理しようとしたセカンドの廣畑実(2年)がまさかのエラー。守りで最初に乱れてしまった。
まだ2回表、深くは考える必要はないのだが、この本塁打と失策が、大阪桐蔭にとっては『気持ち悪さ』として最後まで残ってしまったのではないだろうか。
3回で打順が一回りした大阪桐蔭。
マスク越しに佐藤は「二巡目からはストレートを狙ってきているのがわかりました。ベンチやランナーコーチも直球と言っていましたし」と話す。
そこからはさらに緩急をつけたピッチングを徹底させた。打者に捕えられても、野手の正面、あるいは攻守で大阪桐蔭打線にヒットすら簡単には与えない。
『気持ち悪い流れ』から焦り出した大阪桐蔭。グランド整備後、6回表の失点はまさにその象徴だった。
先頭の渋村諒亮(1年)が右中間を破る三塁打。続く2番武田勇樹(2年)が倒れて1死となり、打席には3番井上。
藤浪が1球目をストライクとしたところで、西谷監督はマウンドにエース・中野悠佑(2年)を送り出す。
「中野のスライダーの方が合うと思った。藤浪がストライクを一つ取れたので、代えました」と西谷監督。
狙い通り、井上はサードゴロに打ち取る。本塁を狙った走者の渋村を刺すことに成功した。
西谷監督も手をパチンと叩く大きな場面。大阪桐蔭のピンチは脱したかに思えた。
加古川北応援団 肩を組んで校歌を歌う
しかし、4番柴田誠士(2年)に対する4球目。中野のスライダーはショートバウンドして暴投となった。捕手の川端晃希(2年)が一瞬、見失う間に走者の井上は三塁を陥れる。1死3塁を一度は凌いだはずか、今度は2死3塁に。そして5球目、中野のスライダーはまたしても暴投となって、井上が生還した。
西谷監督が「あれが悔やまれる」と思わず天を仰いだ場面。
追加点は『気持ち悪さ』を持ち続けてきた大阪桐蔭守備の乱れによるものだった。
常日頃から「守りからリズムを作る」スタイルの大阪桐蔭にとって、その守りで崩れての2点目は、最後まで重くのしかかった。
「力不足です。何とか良い形(選抜出場)で冬に入りたかったのですが」と肩を落とした西谷監督。
一方の加古川北・福村監督は「全国制覇もしたことがある桐蔭さんに、公立校がこういう試合をすることができた。勝ち負け以上にそれが嬉しい」と話した。その上で「(勝利校)校歌は次へのスタート」と11月3日の準々決勝(天理戦)に早くも目を向けていた。
福村監督とナインが試合前に誓った「世間をアッと言わせる」ことに成功した加古川北。関西学院や報徳学園を破ってきた勢いは、力に進化して近畿大会初出場初勝利を飾った。
(文=松倉 雄太)