Column

平成24年度愛媛県高等学校野球連盟監督研修会

2013.01.24

今こそ問われる「高校野球指導者」とは

まだ新春と呼ぶには冷たい空気が肌を突き刺す2013年1月19日・土曜日。愛媛県松山市道後にある「にぎたつ会館」において「平成24年度愛媛県高等学校野球連盟監督研修会」が執り行われた。くしくも1月17日「学生野球資格に関する協議会」において、元プロ野球選手に対する高校野球指導者取得資格を大幅に緩和する方向性が出された直後の研修会。報告会・そして日本大学第三・小倉全由監督による講演会を通じうっすら見えたこれからの「高校野球指導者」について、記してみた。

伝達力の粋が並んだ甲子園塾、県外視察研修報告

愛媛県高等学校野球連盟・平岡会長

「ユニフォーム 汗と責任 吸う重さ」

 先ごろ行われた第47回子規顕彰松山市小中高校生俳句大会の中学生俳句や柔道家・古賀稔彦さん、新潟県立佐渡高等学校野球部・選手心得を引用し、県内高校野球指導者への奮起を促した平岡徹・愛媛県高等学校野球連盟会長、「選手たちのために、携わっていく姿勢を皆さんに見せていくことが審判員にとって大切。お互いに頑張っていきましょう」とはきはきと言葉を発した久保田俊郎・同連盟審判委員長による挨拶の後、研修会前半の恒例となっている「甲子園塾」、「県外視察」の研修報告が行われた。

 まず「甲子園塾」報告に立ったのは、2010年夏には3回戦で現在・中央大の主戦投手にまで成長している上田晃平がエースだった南宇和を破り、ベスト8に進出した北宇和・吉田茂雄監督だ。単に野球の歴史や高校野球の役割ばかりでなく、「保護者会・OB会との対応」といったマネジメント面まで話が及んだ座学の内容。さらに甲子園塾・塾長の山下智茂氏(元・星稜(石川)監督)、2012年は甲子園春夏連覇を達成した大阪桐蔭・西谷浩一監督、そして2008年夏全国制覇の佐賀北・百崎敏克監督といった豪華指導陣による詳細な実技指導が動画で映し出されると、スクリーンを凝視し指導ポイントをメモする姿がそこかしこに見られた。

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写真左から北宇和・吉田茂雄監督、東温・和田健太郎監督

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 続いて2010年夏に愛媛大会ベスト4進出の大躍進を遂げた東温・和田健太郎監督が、昨夏甲子園で2勝をあげた宇部鴻城(山口)へ2日間に渡り赴いた県外視察を報告。15種類の時点でミーティングを入れるなど、「常に試合をイメージしている」(尾崎公彦監督・電話談)27種目サーキットトレーニングなど、「ふつうの生徒を鍛えながら育てる」メソッドの一端が、多角的な映像によって映し出された。

 最後にスクリーン横に立ったのは昨秋、東予地区予選で県秋季大会ディフェンディングチャンピオンの小松を下し、県大会出場を果たした東予・佐伯宏幸監督である。「同じ公立の実業高校職員としてどんな練習をしているか興味関心を持った」昨夏甲子園ベスト8・倉敷商業(岡山)への県外視察報告では、森光淳郎監督が一番自信を持っていたチームが先を見すぎて岡山大会初戦敗退に終わった反省に基づき、現在重視している「『一』へのこだわり」が随所に見える練習方法が、これも効果的なスライドと映像でふんだんに披露されていく。

 この3監督に共通していたのは理路整然と、かつ特に周囲が知りたいと思われることを映像などを使いわかりやすく紹介していく「伝達力」の鋭さである。たとえ高い技術力を持っていてもそれが選手たちに伝わらなければ、何の意味も持たないことは自明の理。今後の選手指導に役立つものが満載されていた報告内容と同時に、「伝達力」が高校野球指導者に求められる重要な案件であることを改めて感じさせた今回の報告会であった。

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[page_break:日大三・小倉監督が説く「心を動かす」にはまず自分の非を認めること]

日大三・小倉監督が説く「心を動かす」にはまず自分の非を認めること

日大三・小倉全由監督

 暫時の休憩を挟み、研修会は毎年県外から様々な高校野球関係者を招いている講演会へと移っていく。今回の講演者は日本大学第三(東京)・小倉全由監督。2010秋~2011年夏には明治神宮大会・夏甲子園・国民体育大会と3大会の全国制覇を達成。昨年はIBAF18U世界野球選手権の高校日本代表監督として指揮を執った名将である。

 しかしながら、監督自身はそんな自分の地位を誇るそぶりは一度たりとも見せなかった。「私は日本一環境に恵まれた中で思い切り野球をやらせてもらっています」という言葉で始まった講演会は、「心から動く生徒づくり」という演題にふさわしく、常に謙虚さと示唆に富んでいた。

 その内容を全て紹介することができないのは本当に残念でならないが、日大三での現役時代はけがに悩まされたため、大学での野球継続は考えず日大への内部進学テストを普通に受験したこと。が、当時の小枝守監督(現:拓大紅陵(千葉)監督)から「手伝いに来い」と言われ、ユニフォームを着るとやってしまう性分でコーチを引き受けたことから、高校野球指導者人生が始まったこと。

 大学卒業後に一浪を経て関東第一(東京)監督に就任し、5年目の1985年夏・ついに甲子園初出場を果たした激動の経緯。途中4年間にわたり監督を離れ、目標を持ちづらい生徒たちに触れたことで知った「甲子園という目標を持ってくれる野球部の選手たちを指導することのありがたさ」。
 さらに1992年4月の関東一監督復帰後、また1997年の母校監督就任後も続けてきている「いじめのない野球部」の指導手法や、地獄と称される2週間に及ぶ冬合宿の舞台裏などなど…。

IBAF 18U世界選手権大会より

 特に印象に残ったのはIBAF18U世界野球選手権の6位を「どこかで自分が冷静さを欠いていた」と言い切ったこと。その後、秋季都大会準々決勝で創価に敗れた要因も小倉監督は、「昨春の内容が悪かった練習試合で3時間近く歌いっぱなしで帰って以来、昨夏都大会では全試合バス移動中、みんなで歌を歌うことが恒例になっていたのに、『勝たなくちゃいけない』と思っていてそれを忘れていました。未熟な自分がいました」と真っ先に自らの責任を認めた辺りだ。

 それは「生徒たちは教えれば、絶対に自分たち以上に頑張れるし、いい高校生として心から動く人間になってくれる。心から動いた人間は絶対に強い。だから選手たちに私はこう言います。『練習は嘘をつかない。努力はそのまま自分に返ってくる。努力をしなかったら、今度はマイナスになって返ってくるんだぞ。だったら、練習は誰のためにするんだ?自分のためにしようよ』。子供たちが自分から一歩を踏み出してくれることが勝利への一番の近道だと思います」と話した結びの裏にある、まず指導者自らが誠実であり、真剣であるからこそ言えるもの。

 「非を認め、選手たちに謝罪することより恥ずかしいのは、非を認めない自分」。体罰問題が再びクローズアップされている折、そんな教訓が頭に浮かんだ。

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[page_break:プロ・アマ雪解けの今こそ「プロフェショナル」な高校野球指導者育成を]

プロ・アマ雪解けの今こそ「プロフェショナル」な高校野球指導者育成を

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プロ野球選手の指導者資格取得緩和について語る小倉監督

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 講演会の最後に小倉監督は、自らプロ野球選手の指導者資格取得緩和の件についても触れてくれた。ここでは原文のまま記すことにする。

「プロとアマの垣根が低くなった。これは色々問題もあると思うんです。でも、自分たちアマチュアの指導者にしたら、プロの最先端の理論を勉強しやすくなります。でも、『自分はプロを経験しているから』といって、高校生にただ野球だけを教えてくれればいいわけではない。高校生は絶対に心を教えなかったら、野球も育ちませんし、人間としての成長はありません」

今治東中等教育学校・木村匠監督

 質疑応答では詳細なバッティング理論で周囲をうならせた小倉監督ですら認めるプロの最先端理論。愛媛県の高校野球関係者に聞いても、その見解は一致している。

「協議会の結果にはびっくりしていますが、プロの最先端技術を学ぶのに垣根が下がるのは大歓迎です」(愛媛県高等学校野球連盟・二神弘明理事長)

「特に投手は指導者の持論だけではいかない部分があるので、プロの最高技術を学べれば助かる部分はありますね」(西条監督時代に秋山拓巳(阪神)を指導した田邉行雄・新居浜南監督)

が、2人は同時にこうも語っている。

「高校野球は心でやる部分が多いので、そこを教えられるかがポイントですね」(田邉監督)
『人』を創れるか。愛媛県では昔、職業監督が多い中でその弊害があって、ほとんどが教員監督になった経緯があるので、そこだけは唯一心配しています」(二神理事長)

閉会の挨拶を述べる川﨑清明氏・
愛媛県高等学校野球連盟副会長

 「技術」だけではない。そこに「心」。言い換えれば「人間教育」なくして高校野球は成り立たない。報告会の部分で記した「伝達力」に加え、この2点も今後議論されるべき点である。

 となれば、元プロ野球選手とか、教員だとかという肩書きはとってつけたものでしかない。そこに求められるのは全てを背負い、真剣に選手たちを野球人として、そして人間として育てる「プロフェッショナル」であるかどうかであろう。

 プロ・アマ雪解けの歴史的合意が為された2013年1月。これをセンセーショナルに取り上げ、ヒステリックになるのは簡単だ。だが、この出来事を「プロフェッショナル」な高校野球指導者育成について議論するきっかけと捉えることができれば、これほど格好の機会はないはず。その意味においても今回の愛媛県高等学校野球連盟監督研修会は、例年以上に収穫多き4時間となったはずだし、そうしなければならない。

(文・寺下 友徳

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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